新型コロナ発生~厚生労働省コロナ対策本部へ~
2020年1月、日本でも新型コロナ患者が発生しました。2月にはダイヤモンドプリンセス号が来て、3月は学校の一斉休校など、日本社会が新型コロナによって大きく変わりました。その頃私自身も厚生労働省のコロナ対策本部に来てほしいという要請を請け、2020年4月から1年間、厚生労働省の参与として勤務することになりました。私もそろそろ会社でも責任のある立場になっており、少し悩みましたが、会社の先輩から「今行かなくてどうする」と背中を押され、混沌とした厚生労働省の対策本部に飛び込みました。
初期の混沌~差別や偏見・新たな分断~
私は、最初に厚生労働省のコロナ対策本部の「クラスター対策班」という班に配属されました。主に疫学調査の専門家です。感染症対策ではまず「疫学調査」というものが重要になります。「疫学調査」という単語は聞きなれないかもしれませんが、誰から誰に感染したかについて、接触情報などを元に追っていく調査になります。誰が感染源かを特定し、その人から感染した可能性がある、潜在的な感染者、発症していないけれど感染させる可能性がある人に注意を呼び掛けたりします。専門家も皆、感染者を追うことに懸命になっていましたが、その懸命な研究が思いがけず、差別や偏見を生むことになってしまいます。
発生初期は、患者が出た屋形船、ライブハウス、観光バスなど様々な業態が差別によって業務の継続が難しくなりました。政府が注意喚起したことが新たな差別を生むことになってしまいました。
災害が差別や偏見を助長するのは、自然災害と同様です。感染症の対策では、特に人と人の接触を回避することが対策になるので、分断がますます進む事態になりました。感染者のみでなく、医療従事者やその家族に対する差別も顕在化しました。新型コロナで、自宅療養が推奨されるようになりますが、自治会等、自然災害の時には共助の仕組みがある地域でも、感染症では急に機能しなくなりました。
インテリジェンス機能の不備
危機になると、その分野の専門家が行政のアドバイザー的な機能を果たすことになります。特に感染症や原子力等、専門性の高い分野は特化した専門性が求められるのではないでしょうか。行政が中心となってインテリジェンス機能を果たす安全保障や自然災害の危機管理と少し違うかもしれません。
コロナ対策本部の「クラスター対策班」では専門家の方が、厚労省の小部屋に詰めて、データの収集・分析を行っていました。危機管理の基本①情報収集・分析、インテリジェンス機能を果たす専門家です。専門家の皆さんも他の仕事を投げ打ち、コロナの研究にまい進されており、頭が下がりました。
しかし、専門家は行政内部のデータが使えない、専門家の分析を迅速に対策に結びつける機能が足りないなどの問題もありました。公衆衛生のための情報収集は、公衆衛生を目的とした活用が可能となっています。しかし、行政以外の専門家にその情報を提供することが認められていない、ということです。この問題は、今まさに議論されています。
他にも、今はあらゆる情報が電子化されています。医療機関で診療を受けたらカルテの情報、薬局で薬を処方してもらったら販売データなどです。こうした様々なデータを統合すれば政策に役立てられますが、個人情報等の問題でそれぞれの情報を目的外に使用できない仕組みになっています。
これらを一つ一つ解決するのが、次のパンデミックに向けたやるべきことではないかと思います。保険証とマイナンバーカードの連携はその一つの取組かと思いますが、やや拙速だったのかもしれません。
災害と感染症の情報連携
災害と感染症の情報連携についても問題がありました。新型コロナ発生時に台風や水害が発生した地域では、その情報連携に苦労したようです。水害で避難指示が出ている地域に自宅療養している患者がいたらどうするか。その場合は、避難所ではなくホテル等の宿泊療養施設に行ってもらわなければなりません。しかし、宿泊療養施設は都道府県が管理し、防災は市町村が管理しているなどの縦割りや、個人情報の関係で保健所から防災部局に患者情報を提供することはできない、といった例もあったようです。
結局保健所の方が、個別に連絡して宿泊療養施設に移動してもらう、などの対応をとるなどの必要があり、保健所の業務が圧迫されるという悪循環にもなりました。
自治体によっては都道府県と市町村が覚書等で、生活支援を必要とされる方の情報を共有する例があったようです。そのようにうまくいった自治体の例を基に他の自治体にも展開していく必要があると考えています。
司令塔機能
2009年の新型インフルエンザの後に内閣官房に司令塔としての「対策室」が作られましたが、新型コロナ発生時に十分司令塔の機能を果たすことができませんでした。その原因の一つは、インテリジェンス機能と司令塔が離れていたためではないかと考えています。新型コロナの情報の多くは専門家同士のネットワークから得られていますが、司令塔となる内閣官房にはそのネットワークがありません。
2023年9月1日に設立された感染症危機管理統括庁には、専門家と連携したインテリジェンス機能が求められます。そのためには今後指揮命令系統を明確にする必要もあります。
緊急事態宣言とクライシスコミュニケーション
新型コロナで初めて「緊急事態宣言」が発出された2020年4月は、外出自粛が呼びかけられ、社会が静まり返り、大都市東京もゴーストタウンのようになりました。特措法の外出自粛には罰則規定もないにも関わらず、日本人は皆、政府に従いました。不安や同調圧力がその原動力になったと考えられます。少し怖がりすぎたのかもしれません。
コミュニケーションは「バランス」です。怖がりすぎると反動があります。どのようにバランスをとるかは、日々反応を見る必要があります。そうした市民の反応を情報収集しながら、コミュニケーション戦略を考えるのもインテリジェンス機能の一つです。