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防災コラムVol.29

「正常化の偏見」と避難行動

公開月:2006年1月

津波警報に伴い避難指示が出されたが、住民の避難率は低かった。

相次いだ「津波警報」

北海道奥尻町が発行した南西沖地震の記録書

2007年1 月13 日13 時24 分頃、千島列島東方沖でM8.2(深さ約30キロ)の地震が発生した。幸いにも、国内では地震動や津波による被害はなかったが、北海道から東北地方の太平洋沿岸、小笠原諸島などで津波が観測され、小笠原諸島父島の二見では40cmに達した。この海域では2006 年11 月15 日に、千島列島東方沖でM7.9の地震が発生しており、その時もほぼ同じ地域で津波を観測している。

これらの地震では、15分以内に北海道の太平洋沿岸やオホーツク海沿岸に「津波警報」、北海道から和歌山県の太平洋沿岸に「津波注意報」が気象庁から発令され、北海道の22市町村では、警報発令から1時間以内に「避難勧告」が出ている。第一波が根室市花咲に到達したのは地震発生から約1時間後の14時38分であるから、行政機関の対応は迅速であり、適切であったといえる。

しかし、課題は全くなかったわけではない。総務省消防庁の調査では、避難勧告が出た北海道、岩手県、三重県の25市町村で、避難所に避難した人は対象者の7.9%だった。三重県南部の自治体では、2500人への避難勧告に対して避難したのは8人だったという。原因について新聞などでは、11月の千島列島東方沖の地震の際、実際に観測された波の高さが予測より低く被害がなかったこと、1月の地震も気象庁が予測した波の高さが11月と同じ1m程度であったことなどから、住民の「警報慣れ」やテレビなどの情報に基づく自己判断があったのではないかと報じている。

「避難勧告」と「避難指示」

まず、「避難勧告」「避難指示」の根拠となる災害対策基本法第60条に基づけば、避難勧告より避難指示の方がより強制力が強いとされている。しかし、避難指示が出て避難しなかったとしても法令上の罰則はない。また、同法63条では、さらに厳しく立ち入りを禁止する「警戒区域」についても定めているが、1991年の雲仙普賢岳、2000年の有珠山噴火など限られた適用事例しかない。マスコミはしばしば「避難命令」と表現するが、法規上はそのような命令は存在せず、住民の避難行動の誘導は法規的な強制力ではなく、自己判断に基づく場合が多い。

なぜ避難しないのか

避難勧告や避難指示を受けた住民が実際に避難するかどうかは、個人の危機意識によるところが大きい。2006年11月の千島列島東方沖の地震後に、群馬大学の片田敏孝教授らが岩手県釜石市の小学生にアンケートした結果、避難指示を聞いた後、6割の児童が避難の必要性を感じ、4割の児童が保護者に避難を呼びかけたが、避難したのは290人中7人に過ぎなかったことが分かった。避難しない理由として、保護者は「大丈夫」「津波は来ない」「前にもあった」などと判断したという。

こうした保護者のように、異常事態が発生して、危険が近づいているのを知った後も平常通りの判断や解釈を続け、事態を楽観視することを災害心理学では「正常化の偏見」という。誰もが平穏な日常生活をやめ、非日常に移行するのを避けたいのは当然である。ましてや、今回のような遠隔地の地震による津波では体感した揺れも弱く、危機を感じるのは難しいだろう。そのような状況では住民が正常化の偏見に陥っても不思議はない。

詳細情報がもたらした逆説

避難が低調であった原因に、詳細な災害情報が随時伝達されるようになったこともあるだろう。津波警報の発令直後からNHKは特別番組で各地の自治体の対応状況や、予想される波の高さ、到達時刻を継続的に放送した。また、「FMわっかない」などの多くのコミュニティFM局も住民に必要な情報を流し続けた。過去の様々な災害の反省を踏まえて、各地の気象台からの津波警報や住民への情報伝達の迅速化などを図ってきた結果、住民は詳細な情報を得られるようになった。しかし、今回の事例はそのような詳細な情報が各自に判断材料を与え、正常化の偏見を強化したという逆説的な面はないだろうか。

「自ら行動した」と捉える

地震や津波による被害が克明に描かれている

行政は予測される津波の最大の高さや到達予想時刻から、どの地域が最も危ないかを判断し、その情報を住民にどのような方法で伝え、避難誘導するかなどが求められている。テレビなどで伝達される情報が詳細になるほど、行動基準となる身近で具体的な情報が求められるだろう。それは画一的で網羅的な情報の提供から、住民一人ひとりがこれから発生する災害をイメージし、行動の判断材料になるような細かな情報とその伝達方法を検討し、整備していく必要があることを示している。

それにはハザードマップの周知や、その地域の過去の災害を学ぶことなど、日頃から災害をイメージする訓練が必要である。自分の住む地域のリスクを予測情報から判断し、自ら行動することが減災の理想である。今回の避難率の低下は悲観的に捉えるよりも、住民が自ら判断し行動した事例として前向きに考えてよいだろう。この経験が「正常化の偏見」を打破し、さらに効果的な避難の誘導につながるような災害情報のあり方のヒントになるかも知れない。

(監修:レスキューナウ 文:気象予報士 竹田宜人)

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