1. ホーム
  2. 東急沿線の地域情報
  3. 安心・安全情報
  4. 防災コラム
  5. 海難事故の跡地を訪ねる
  1. ホーム
  2. 東急沿線の地域情報
  3. 安心・安全情報

防災コラムVol.52

海難事故の跡地を訪ねる

公開月:2006年2月

世界有数の海難事故である洞爺丸の沈没からまもなく53年がたつ。北海道にある慰霊碑など跡地を訪ねた。

北海道への欠かせない足

猛暑に覆われた2007年の夏。涼を求めて北海道を旅行した方も多いのではないだろうか。航空便では世界一の需要を誇る羽田~新千歳線をはじめ、現在では航空機での移動が大半となったが、かつて北海道への交通手段といえば国鉄青函連絡船が欠かせない足であった。日本全国にある災害関連施設の訪問記、第3回は北海道北斗市にある「台風海難者慰霊之碑」と函館市の「青函連絡船記念館」を訪ね、国内最悪の惨事として記録に残るいわゆる「洞爺丸台風海難事故」を振り返る。

世界有数の海難事故

台風海難者慰霊之碑。先の海が遭難現場

1954(昭和29)年9月21日、西太平洋カロリン諸島ヤップ島の北で発生した台風15号は、26日深夜2時頃に鹿児島湾から大隅半島北部に上陸。九州東部から中国地方を時速100kmで横断、朝には山陰沖から日本海に進んだ。その後勢力を増しながら北海道に接近、21時には北海道渡島半島西岸を最低気圧956hPaでかすめ、27日0時過ぎには稚内市付近に達し、千島半島方面へ進んだ(現在では北海道接近時には温帯低気圧に変化、前線を伴い中心付近が急速に発達したとの説が有力)。

この台風による被害は主に暴風によるもので、消防白書によると、死者1361人、行方不明者400人、負傷者1601人、住家損壊約3万棟、住宅浸水は約10万棟以上に達した。特に北海道の被害は甚大で、約3300戸が焼失した岩内大火、そして暴風と高波により青函連絡船5隻が沈没、計1430人が犠牲となった海難事故は「洞爺丸台風」として語り継がれている。

特に沈没した5隻のうち唯一の旅客船で、函館湾七重浜沖に沈没した「洞爺丸」は、死者・行方不明者1100人以上、生還したのはわずか約150人であった。1987年にフィリピンで発生した史上最悪とされるドニャ・パス号沈没事故(犠牲者2000人~4000人以上)、2002年にセネガルで発生したジョラ号沈没事故(同1863人)、1912年のタイタニック号沈没事故(同1517人)などに次ぐ、戦争以外における世界有数の海難事故に数えられている。

風雪の重み感じる慰霊碑

摩周丸の内部。洞爺丸台風関連の展示がある

函館市街から国道228号線を海辺に上磯方面に向かって車で20分ほど、パチンコ店などの大型ショップが立ち並ぶ一角に海を見つめる大きな碑があった。事故翌年の1955年5月に遺族会が建立した「台風海難者慰霊之碑」で、毎年命日には慰霊祭が催されている。碑からは長年の風雪に耐えてきた歴史の重みを感じた。

JR函館駅の海辺には、1988年の航路廃止まで活躍した青函連絡船「摩周丸」が係留され、現在は記念館として公開されている。乗客には非公開だった操舵室・無線室が展示されているほか、80年に及ぶ輝かしく、かつ多難な航海史が貴重な資料とともに紹介されている。その中には太平洋戦争終戦直前の1945年7月、連絡船全12隻が米軍の空襲に遭い、乗客乗員のうち343人が犠牲となるなど壊滅的被害を受けたことも詳しく説明されている。

進路読み違えなど悲劇重なる

八幡坂から函館港を見下ろす。中央には摩周丸

記念館では洞爺丸の事故については、出航から沈没に至る経緯や原因、そして復興への過程が紹介されている。沈没の原因はさまざまな要因が重なり出航が遅れたこと、台風の進路予測が現代ほど発達しておらず天候状況を読み間違えたこと(北海道接近時に一時的にスピードが半減し、長時間暴風にさらされた)、湾内に投錨したことで結果的に船体が暴風の影響をまともに受ける形となり、乗客の避難誘導が遅れたことなどが重なった悲劇とされる。

再び壊滅的被害を負った青函連絡船は、事故の教訓を踏まえた新造船の投入や運航システムが見直され、その後の38年間は目立った海難事故は発生していない。そして、事故を契機に建設機運が高まった青函トンネルが開業、現在では本州と北海道を結ぶ大動脈として機能している。洞爺丸の海難事故から、正確な情報が不足することが災害の被害を拡大することや、自然の脅威を前にした人間のもろさなどを学びたいものである。

(文・レスキューナウ危機管理情報センター専門員 宝来英斗)

◆施設詳細とアクセス
「台風海難者慰霊之碑」は、北斗市七重浜の国道228号線沿い海側。函館駅からは函館バス101系統・111系統などで約30分、慰霊碑前バス停下車。JR江差線七重浜駅からは徒歩約20分。

なお、洞爺丸台風海難事故に関する慰霊碑としては、青森市の三内霊園に青森県民の遭難者と青函トンネル事故殉職者を祀る「洞爺丸遭難者慰霊碑」があるほか、函館山の山麓には戦時中を含めた国鉄連絡船職員の殉職者を祀る「青函連絡船海難者慰霊碑」がある。

青函連絡船記念館摩周丸はJR函館駅から徒歩3分、クィーンズポートはこだて内。開館時間は9:00~17:00(夏季延長あり)、年中無休。入館料一般500円(児童・生徒は半額)。施設内には60台のクラシックカーが展示されている「クラシックカーミュージアム函館」が併設。函館の顔ともいうべき朝市が隣接しており、豊富な海産物をショッピングと食事で楽しめる。

copyright © レスキューナウ 記事の無断転用を禁じます。

会社概要 | 個人情報保護方針