1. ホーム
  2. 東急沿線の地域情報
  3. 安心・安全情報
  4. 防災コラム
  5. 家に帰ると消防団のヘルメット
  1. ホーム
  2. 東急沿線の地域情報
  3. 安心・安全情報

防災コラムVol.58

家に帰ると消防団のヘルメット

公開月:2006年2月

地方の農村に暮らし、「自分たちの地域は自分たちで守る」という意気込みあふれる二人の青年農業者の話を紹介する。

土のう積みや見回りで警戒

柏川の上流へ向かう道路は破壊されつくした

豪雨、台風、地震、そしてまた台風……。今年(2007年)の夏、日本列島を相次いで自然災害が襲った。7月6日から13日まで梅雨前線が九州熊本県上空にどっかり居座ったため、来る日も雨が降り続き、降り始めからの雨量は1000?をはるかに超えた。熊本市内で死者1人、県全域で重軽傷者3人、住宅の被害は全半壊、床上下浸水の合計が714棟という大きな災害となった。最も被害が大きかったのが熊本空港から南へ車で約1時間30分にある中山間地域の美里町。地元消防団は土のう積みや警戒の見回りなどに活躍したが、そうした活動にあたった二人の青年農業者の話には失ってはいけない大事な何かを感じた。

問答無用で消防団入団

社会教育センターの1階部分はすべて柏川の氾濫した泥流に飲み込まれた

美里町永富地区に住むシクラメン栽培の五瀬直樹さん(29)と遠野地区で葉タバコを栽培する松永琢磨さん(28)はともに地域に残る数少ない専業農家である。五瀬さんは高校を卒業して県の農業大学校に進んだ後、静岡の種苗会社で研修を重ねた。そのままなんとなく実家に戻るのではなく、とにかくよそを見たい一心で国際農業交流協会の事業に応募してオランダに1年間渡った。高校を出て5年の修行を終えて家に帰った時には消防団のヘルメットが置かれていた。五瀬さんの父親も消防団員として活動したし、その子供も当然入団するものと周囲は思い込んでいた。問答無用で入団させられたけれど、「ふだん顔を見て知っているだけの人と一緒に作業をするとより親しくなれますね」と不満はまったくない。何よりも地域の中でのつきあいが広がることがうれしいという。農家は一軒ごとに完結する仕事であり、つきあいを広げる機会は限られる。昔は青年団などもあり活発に活動していたが、人口が減り始めてからは、地域社会でともに汗を流す仕事が激減した。

葉タバコを栽培する松永琢磨さん シクラメンを栽培する五瀬直樹さん

高校卒業後に家をすぐに出たくて熊本市で会社に勤め、その後7年間は運転手をした松永さんも、「地元で農業を継ぐ者は消防団に入るのが当たり前という感じですね」と語る。もちろん松永さんの父親も元消防団員だ。松永さんは2人目の子供が生まれた時に住まいや子育ての環境を考えて、同時に両親が元気なうちに跡を継ごうと決心して地元に戻った。2人とも家に帰って来たとたんに消防団に入団。それを当たり前のことと受け止めている。

活動に誇りで「子供も入れます」

土石流に巻き込まれた杉の大木が水田に転がる。土石流のすさまじさを感じる

「消防団を辞めようと思ったことはありますか」と意地悪な質問を二人にぶつけたら即座に「一度もありません」。「とりわけ消防団の活動に熱心というわけではありませんが」と前置きして、松永さんは誇りを感じているという。「自分たちの地域は自分たちで守るという自覚はありますね」といい、地域に残る者が自分たちの力で地域を守るという意識は非常に強い。「消防団に入って良かったと思うことはさほどありませんが、辞めようとは思いませんし、自分の子供もここに残るのであれば消防団に入れますね」。

 

消防団活動で認められる

自分の地域は自分たちで守るといういわば当たり前のことだが、実際に体を張る人は年々減る一方だ。地域社会に貢献するのは防災や災害対策に限ったことではない。「村のしきたりや考え方などを消防団活動の中から習いました」「人のつながりとか上下関係など農業だけでは分からないことも多く学びました」と二人は口をそろえる。他の地域では新規就農者などを積極的に消防団活動に誘うことが多い。積極的に参加するのとしないのでは、地域に溶け込むスピードがまったく異なる。人となりを消防団活動で認められ、地域社会に受け入れられることも多いという。

「お互い様」が基本

美里町早楠地区の水田に土石流が流入。泥が乾いた水田はひび割れて収穫ゼロ。青々として見える稲だが、いずれ枯れ実ることはない

なぜ自分の仕事をなげうっても駆けつけるのか聞いてみた。火災の時はたとえ田植えや稲刈りの真っ最中でも作業を止めて駆けつける。水害の時には自分の田畑をなげうっても、より大きな被害が出そうなところに行って土のうを積む。その理由が知りたい。二人とも考え込み、二呼吸ほどおいて、「お互い様だからでしょうか」と同じ答えが返ってきた。集落の暮らしも仕事も「お互い様」というのが基本だった。いつよそ様の世話になるかもしれない。お金ですべてを解決できない社会。他人のために自分の時間を融通しあう生き方が営々と営まれてきたのが日本の集落だ。その真ん中に農家がいつもあったし、これからもきっとそうだろう。自分の時間を集落全体の安定のために使う。その安定によって自分の暮らしも維持される。それが消防団活動の基本、「お互い様」の現われのように思えた。

人のつながりが地域を守る

二人とも家庭や地域にあっても人と人とのつながりの中にしっかりと根を張って自分の居場所を確保している。また、自分はみんなに必要とされているのだという自覚も持っている。都市部に住む多くの人が自分のいる場所への確信が持てず、自分は果たして必要とされているのだろうかと疑問を抱いているのと大きく違うような気がする。靴を脱いで安らぐ場所を守るのは自分なのだという当たり前の事実を見つめ直した。多くの農家は消防団員として活動し、自分の分だけではなく、他人の生活する場所をも守っているのだ。

(文・レスキューナウ 文:ジャーナリスト 冨田きよむ)

copyright © レスキューナウ 記事の無断転用を禁じます。

会社概要 | 個人情報保護方針