高速バスでの長い移動の途中で、もしも異常事態が発生したら…現時点ではどのような対策がとられているのだろうか?
ますます身近な存在となった高速バス
長引く景気低迷の中、安くて快適に移動できる交通手段として、高速バスに注目が集まっている。これまでの路線バスに加えて、いわゆる「高速ツアーバス」が主要路線に続々と参入、座席などにバリエーションを持たせることにより、多彩な価格で若年層を中心に利用を集めている。さらに、女性をターゲットとしたカラフルな座席や内装、ビデオモニターや車内無線LAN対応などサービスの充実化も図られており、路線バス事業者との競争による相乗効果も期待されている。 一方で、高速バスの安全対策は重要な課題である。2005年4月に福島県猪苗代町の磐越道で発生した高速バス横転事故(乗客3人死亡、乗客乗員20人負傷)では、運転手がハンドル操作を誤ったのが主因であったが、乗客の生死を分けたのはシートベルト着用の有無だったとされている。2007年2月に大阪府吹田市で発生したスキーバス事故(乗員1人死亡、乗客乗員26人負傷)では、乗員が過度の勤務を強いられていた実態が明らかとなっている。2008年6月施行の改正道路交通法で義務化された後部座席シートベルト着用や、2008年10月の「高速ツアーバス連絡協議会」設立は、これらの尊い犠牲を踏まえた上での安全性向上策ということができるだろう。
そんな中、高速バスの安全対策として忘れてはならない事件がある――ちょうど10年前に発生した「西鉄バスジャック事件」だ。
社会に衝撃「走る密室」

2000年5月3日午後、佐賀発福岡行き西鉄高速バス「わかくす号」(乗客乗員22人)が九州自動車道を走行中、乗客の少年が突如刃物を手に運転手や乗客を脅し乗っ取った。バスは犯人の指示の下、九州道から中国道、山陽道を走り、途中で一部乗客の脱出・解放がありつつ、最終的には広島県内のサービスエリアに停車。警察による長時間の説得の後、発生から15時間半後の早朝に警察の特殊部隊が車内に強行突入し犯人確保、人質は全員解放された。しかしながら走行中に乗客3人が刺され、うち1人が亡くなっている。 それまで日本では1977年10月に長崎県で路線バスが2人組に乗っ取られるバスジャック事件が発生していた(発生から18時間後に強行突入、人質16人全員救出、犯人のうち1人射殺)が、この事件では人質に死者が出たことに加え、犯人が17歳だったということで社会に強い衝撃を与えた。
緊急事態をいちはやく車外へ伝える

この事件を受け、運輸省(当時)は運行事業者組織の日本バス協会に対し、統一マニュアルの作成など早急に対応策検討を指示。協会は「バスジャック対策検討会議」を設置し、同年7月に下記対策をまとめている。
- バスジャック統一対応マニュアルの策定
- 緊急連絡手段の整備
- 地方バス協会及びグループ会社の応援体制の整備
- バスジャック対応訓練の実施
緊急事態発生時、運転手に対し、乗客の安全確保を最優先に、運行の安全確保に最善を尽くすことを行動の基本とする対策の主眼は「いかに車外に異常事態発生を伝えるか」に置かれており、ハザードランプ点灯やパッシング継続に加え、防犯灯の新設や行先表示器での「SOS」「緊急事態発生」等の表示を行う非常通報ボタン設置などの対策が進められている。
模倣犯続くも即時解決、マニュアルも改正
西鉄バスジャック以降、同様の事件が複数件発生しているが、幸いにも人質となった運転手や乗客は全員無事解放されている。
2008年7月、名古屋発東京行東名ハイウェイバス(JR東海バス運行、乗客乗員12人)が愛知県内の東名高速を走行中、刃物を持った少年に乗っ取られたが、その後警察の説得により投降、乗客乗員全員が無事解放されている。このバスには、たまたま同バス会社の社員が乗車しており、会社および警察に緊急連絡、状況が正確に伝えられたことで早期解決につながった。これを受け、日本バス協会ではバスジャック統一対応マニュアルを見直し、夜間・休日を含めた緊急連絡網および連絡手段の整備、応援体制の整備、実践的訓練の年1回以上の実施などを盛り込んだ改正版を同年12月に取りまとめている。
ところで、運転手の誤操作によって「SOS」等の文字が表示された状態で走行し、110番通報から一時緊急配備が敷かれる――といった事案も複数件発生している。しかしながら、それらの内容が掲出されたバスや、ハザードランプやパッシング、行灯の色がおかしい、点滅しているといったバス・タクシーを見かけた場合には、すぐさま110番するよう心がけてほしい。
もしも乗客だったとしたら
バスジャック対応マニュアルは、主に事業者としてどのように対応するかがまとめられているものであるだけに、もしも乗客として遭遇した場合に個人としてどうすべきか、といった指針は明確にはないといわざるを得ない。
西鉄バスジャック事件では、いちはやく隙を見て脱出した乗客により異変が伝えられたほか、他の事件でも携帯電話で一報が伝えられたという話も多い。一方で犯人が携帯電話を没収したという話もあるだけに、対応は非常に難しいのが実情だ。とはいえ、警察などの緊急時対応が従前よりも格段に向上していることから、慌ててパニックを起こすことなく、冷静に運転手と警察の対応を待つことが肝要と考える。
(文/レスキューナウ危機管理情報センター 宝来英斗)
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