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防災コラムVol.187

変化している学校の危機管理―過去の教訓から最近の傾向まで

公開月:2010年6月

首やランドセルに防犯ブザーを下げた小学生が登下校をする姿は、それほどめずらしくはなくなった。しかし、門扉が閉められ、地域協力者が周辺を警備するように巡回しているといった風景には、違和感がある。自分が子どもだった頃、はたしてこんなに厳重な警備だっただろうか? 今回は「学校の危機管理」に焦点をあててみた。

附属池田小学校事件のインパクト

不審者確保用に学校に設置されているサスマタ。

「学校の危機管理」と聞いて思い出すのは2001年6月8日に発生した「大阪教育大附属池田小学校児童殺傷事件」だ。校舎内に出刃包丁を持った男が自動車専用門から校内に侵入し、校舎1階にある1年生と2年生の教室で児童を殺傷した。児童13名、教諭2名が重軽傷を負い、児童8名が死亡した。襲撃した男の背景やその後の裁判など、多くの注目を集めた事件ではあるが、この事件は教育現場、特に小学校の防犯や安全対策に実務レベルでインパクトを与えた。それまで登下校時に不審者や連れ去り、誘拐のイメージが強かった子どもの危機のイメージを一変させ、「学校の敷地や校舎内に侵入した不審者にどう対処するか」という問題提起をすることとなった。

文部科学省も事件の翌年である2002年12月に「学校への不審者侵入時の危機管理マニュアル」を作成。現在は2007年1月に改訂の「学校の危機管理マニュアル-子どもを犯罪から守るために-」が最新版として使用されている。(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2010/01/20/013_1.pdf)目次を抜粋すると次のようなものだ。

  • 学校における不審者への緊急対応の例
  • 登下校時における緊急事態発生時の対応例
  • 日頃から不審者の侵入防止のために備えて
  • 心のケア
  • 日頃からのボランティア等の活動と学校との連携について

登下校時について記述された箇所も見られるが、多くは、不審者が学校に侵入した場合を想定したシナリオとなっており、その防止や緊急時の対応例についてフローチャートやイラスト入りで具体的に書かれている。学校の危機管理を考えた場合、最近10年の動きは「学校に不審者と思しき大人が侵入することに備えたもの」と理解してよさそうだ。

大人は名札をつけ、子どもには名札がない

具体的な対策を知りたくて、都内のある小学校を取材した。取材時に筆者も「外部の大人」であったため、受付で氏名所属を指定の用紙に書き、名札をつけた。名札といえば児童がつけるイメージだったので、まずはこの名札について聞いてみた。

この小学校では、子どもの名札は1年生が入学して夏休みまでの期間につけるもので、それ以降はないのだそうだ。元々は、個人情報や校外の不審者対策として登下校時に名札をつけることを廃止したのがきっかけで、その時は校内で名札をつけていたが、顔と名前を覚えてしまえば機能的に不要になるため、今は期間限定のものになったようだ。一方、大人の名札は徹底され、保護者、職員、部外者は必ずつけるものになった。職員の名札は部外者との見分けをつけるためだという。

外部の大人が入ってくることへの備え

教室から職員室への通報装置。

「外部の大人」への警戒は、やはり強くなっている。校門の門扉も常時閉じられている。登下校時以外は施錠され、インターホンや監視カメラがついている。職員室には緊急時に対応するためのグッズを設置。カラーボール、サスマタ、不審者確保用のネット(網)などがある。いずれも、警察官到着までの間に対処する目的で配備されている。

近年整備が目立つのは、教室から職員室への通報装置。学校には、校舎が複数あり、それぞれが教室として仕切られ、それなりの広さがある。緊急時、特定の場所からの侵入者の存在をいち早く職員室や全校に伝える装置は、子どもを避難させるために重要な設備と言える。教室を見せてもらうと確かにインターホン状の通報装置があった。ボタンを押すと職員室のスピーカーから音が聞こえるようになっている。職員室からは110番通報できるホットライン設備があり、警察にも迅速に通報を行う。

職員室側の受信装置。教室側の音声がスピーカーから出力される。

昔は宿直の用務員がいた夜間や休日も、今では機械警備に替わっている。少子化の影響で空き教室が増え、そこをパソコン教室や多目的教室として使うことも増えた。不審者対策、利用機器の保全のため、鍵をかける部屋は以前よりも増えたそうだ。

設備ばかりではない、職員や児童の訓練も進んでいる。学校で訓練といえば「避難訓練」だったが、この学校では毎月やっている災害想定の避難訓練のうち、いずれかの月に年1回、不審者侵入対応の訓練をしている。「*年*組に不審者が侵入した。」という想定で行い、毎年侵入する想定箇所を変えるのだそうだ。訓練中は教室からの通報、職員による子どもの避難誘導、不審者確保のための対応する職員、警察に連絡する職員という形で分担している。今、考えているのは近隣で事件を起こした犯人が逃走中のため、安全確保を…というシナリオだそうだ。

登下校時の備え

もちろん、登下校時の備えも進んでいる。最近ではおなじみとなった防犯ブザーや通報装置は、市区町村が児童に全員配布している地域も少なくない。何かあったときの対処法も教えている。子どものための防犯フレーズ「いかのおすし」(いか=知らない人について行かない、の=他人の車に乗らない、お=大声を出す、す=すぐ逃げる、し=何かあったらすぐ知らせる)は、教育現場や警察を通じてこの10年くらいで普及した。地域の商店や協力者宅による緊急時避難所「こども110番の家」についても利用するよう指導している。

教育的な側面との両立

しかし、そういった取り組みの一方で、教育的なバランスのとり方がより難しくなっている。子どもの安全のために講じたあらゆる対策が「知らない大人を疑い、すぐに不審者扱いしてしまう」ような思考を育ててしまうことがあったら、それは教育的に望ましくはない。たとえば、道を聞いただけでも不審者になってしまうケースもある。昔は「登下校時に大人のひとにあったら挨拶をしましょう。」と言われていたが、現在では積極的な指導をしていないようだ。「安全対策の強化に反比例して最近の子どもは挨拶が下手になったかもしれない」と危惧する声もある。今のところは子どもの安全重視だが、地域にいる大人と交流する社会的な教育の側面は新たな課題となっている。

子どものために大人は何ができるのか?

外部から不審者が侵入した場合、その対応の初動を考えると、教職員ではない大人が子どものためにできることは限られる。では、外部の大人は何もできないのだろうか?

いや、そうではない。現在は、保護者や近隣住民による学校安全のボランティア活動という形で、外部の大人も協力することができる。これは、文部科学省のマニュアルにも記述されている活動で、学校単位で運営されており、地域でよく見かける「防犯パトロール」とは異なる組織だ。協力者のほとんどは保護者やその家族で、自主的な活動のもと、当番で校舎内や学校の周辺を巡回しており、腕章や帽子、ベストをつけて巡回することで不審者への抑止力になっている。もちろん、地域防犯パトロールやPTA、警察とも連携していることから、昔よりずっと子どもたちの安全を強固に見守る大人たちがいるといえるだろう。

子どもたち自身の「自分の住む地域の大人に守られている」という実感は、以前よりむしろ強くなっているかもしれない。

(文・レスキューナウ 岡坂健)

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