東日本大震災の発生
新型インフルエンザ対応に追われた2年間の厚生労働省への出向期間を終え、2010年に三菱総研に戻りました。その直後の2011年3月にあの東日本大震災が発生しました。日本中が東日本対応に追われていましたが、私もプライベートではボランティア、業務でも東日本対策といった状況でした。
そんな時、突然また「感染症危機管理の法律を作るのを手伝ってほしい」というお誘いを受け、再び国家公務員になりました。今度は「内閣官房」という、首相を支える「官房」という組織で、初めて官邸に入り「内閣参事官」という役職をもらい、法律づくりを支援しました。
感染症危機管理法を作る
なぜ、急に感染症危機管理の法律を作ることになったのかというと、東日本大震災の経験を経て、政府であらゆる危機を見直すと、感染症対策は大丈夫か?と思い至ったようです。そして、感染症対策は厚生労働省だけではない社会全体の課題だ、ということで「内閣官房」が法律を作ることになり、総理大臣直下の危機管理監が指揮を執ることになりました。
2023年9月1日に、感染症危機管理統括庁という組織ができました。「厚生労働省だけではない政府全体の課題だ」と、実は10年前にも同じことを言っていました。なぜ機能しなかったのだろうということも今振り返っているところです。
ともあれ、2012年に「新型インフルエンザ等対策特別措置法」ができました。国は、本当に困ったことがあると法律を作る、ルールを変えることができる、ということに純粋に感動しました。少し、特措法と略される「新型インフルエンザ等対策特別措置法」のことを紹介します。特措法は「災害対策基本法」や国民保護法を参考に検討されています。特措法を作成しているときには「オールハザードアプローチ」という概念が注目されていました。
オールハザードアプローチ
「オールハザードアプローチ」とは危機事象の対応について共通の手法を活用するというイメージです。災害のために考えた危機管理のスキームは、感染症対策にも活用できます。危機管理は主に4つの機能があります。①危機に対する情報収集・分析、インテリジェンス機能、②危機の発生と拡大を止める対策機能、③ロジスティクス、④リスクコミュニケーションです。それは災害でも感染症でも同様です。
行動計画では、主に①の情報収集、インテリジェンスの部分や、②の対策機能についての議論がされています。BCPではその行動計画の実効性を担保するためのロジスティクス等が考えられると整理していきました。
特措法で設定していた「緊急事態宣言」も災対法の「災害緊急事態の布告」を参考にしたものです。海外の危機管理法制とは異なり、罰則もない緩やかなものになっています。海外では緊急事態とは、戦時を意味している場合が多いのに対し、日本は戦争を想定していないため、強い法令になりえなかったということです。
緊急時のエッセンシャルワーカー
特捜法は、災害対策基本法と似ているところもありますが、特有の課題も残されていました。1番大きな課題はワクチンの接種です。当時、新型インフルエンザ用に「鳥インフルエンザ」のウイルスを使って、あらかじめワクチンを作って毎年1,000万人分のワクチンの製造・備蓄をしていました。感染症のパンデミックが始まっても社会を止めずに動かす必要があるので、医療従事者や社会インフラの事業者などにワクチンを接種して事業を継続してもらおう、という計画です。
何が問題かというと、その1,000万人の「エッセンシャルワーカー」は誰か?ということです。医療従事者は全員社会機能維持者なのか?医師といっても美容整形の医師は対象外ではないか、健診クリニックは止めてもいいのではないか、という議論をしていました。
「エッセンシャルワーカー」の議論を通じて感じたことは、災害時・危機時の社会はごく最小化されるということです。医療や行政サービスの担い手は、危機対応に追われ、住民サービスが手薄になります。生命に関わらない部分が否応なく切り捨てられ、普段、医療や行政のサービスを受けている社会的弱者と呼ばれる方々がサービスを受けられなくなるというのが分かってきました。
想像力の欠如~賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ~
危機管理の法律を作り、行動計画、ガイドラインを作ったら、今度は訓練だ、ということで訓練の計画も立てました。自治体や医療従事者の方を対象にした研修・訓練を何度も企画しましたが、なかなか盛り上がりません。一度も経験していない感染症危機は自分事化しにくい、ということを実感しました。
地震災害や水害、台風被害は日本国中、頻繁に発生しています。最初にこんなことがあって、次にこうなってというのがイメージできます。しかし「感染症危機」についてはどんなことが起きるのかとコロナ発生前にはイメージできませんでした。
特に住民サービスの部分は全くといっていいほど検討が進んでいませんでした。1週間外出できない住民への食糧調達を新型コロナ前に調達する計画を立てていた自治体は皆無だと思います。しかし、発生後、現実を目にしてからは、各自治体が様々な工夫で1週間分の食糧などのパッケージを検討、提供していました。経験したことは対策できるのです。