能登半島地震での支援活動
新型コロナウイルスが流行していた時期は災害が起こった現場への訪問は控えていたのですが、2024年1月1日に発生した能登半島地震の被害がとても甚大であるということで、石川県輪島市という、朝市通りの火災などの被害が大きかった地域に入らせていただきました。
当初は様々な支援団体の皆さんと情報交換をさせていただきながら、輪島市役所の本庁舎の中で活動させていただいていました。輪島市は、東京23区とほぼ同じぐらいの面積があるそうです。今回この災害を受けて、輪島市西側の3分の1にある門前町、中心部の東側にある町野地区で道路が寸断されてしまい、輪島市が3つに分かれてしまいました。そのため、門前や町野の状況や話が中心部の方にはなかなか伝わってきませんでした。支援の手が入りにくく遅れているのではないかという危機感を感じました。
2月に入ったところで、門前町の門前総合支所というところに伺わせていただきました。本庁舎よりも本当に厳しい職員体制で頑張っておられて、これは大変だなと思いました。2月からは拠点をその旧門前町という地区に移して活動させていただくことにいたしました。
民間のボランティア団体が入っていくというと、住民の皆さんへの支援や地域でイベントや炊き出しなどを行う直接的な支援が中心になると思いますが、私は行政に対する支援を重点的にさせていただきました。先にお話しさせていただいた熊本地震と西日本豪雨の経験から、やはり市役所が潰れてしまうと、住民を支えていくことができなくなってしまい、そして誰1人取りこぼさないということが難しくなってしまうと思い、市役所行政に対する支援を中心にやらせていただきました。
具体的には、例えば、避難所運営や、仮設住宅、物資拠点のことにも携わりました。また、行政、社会福祉協議会、民間支援団体の3社連携を目的とする連携会議という名称で、毎週1回会議をしているのですが、開催のお手伝い、様々なところから来られるボランティアさんの宿泊拠点の整備などにも携わらせていただき、民間の立場としては珍しいとは思うのですが、門前総合支所の災害対応アドバイザーという形で、職員の皆さんと寄り添って支援活動を行ってきました。
輪島市での活動~輪島市門前町に若者をつなぐ
3月中旬あたりから、中学生から高校生、大学生、20代前半ぐらいまでの若者を被災地に車で連れて行って様々な活動に関わってもらっているのですが、2024年10月末時点で参加人数が69人になりました。私が関わっていた避難所、仮設住宅、物資拠点、あとボランティアの宿泊所などの整備などの活動について、本当に厳しい体制でやっていますので手が回らないことがたくさんあります。例えば、ダンボールベッドを組み立て・解体、また、季節によって必要な物資が変わるので、夏になったら冬用の寝袋や毛布など使わないものを軽トラックに乗せて、廃校になった小学校に一時的に保管するのですが、乗せて運んで降ろすという作業を手伝ってもらいました。
8月頃からは、住民の皆さんと直接関わって交流をしながら1人1人の困り事や不安に思っていることに寄り添っていく活動もスタートさせましたが、若者たちに交流するための企画をしてもらいました。足湯を開催して、足湯に浸かりながらマッサージをしたり、お話をしたり。また、住民の皆さんと一緒にカレーを作って仮設住宅の集会所で食べたり、手作りのゲームを一緒にやったりしました。もちろん若者を連れていくということになりますので、保護者の承諾ももちろん、当然安全にも注意しなければいけません。また、個人情報に携わることもたくさんありますので、市役所の中に入る際には、そのような内容には関わらないようにするといった配慮も必要になります。
私の関わり方と、若者が来て職員さんや住民さんと接する関わり方とでは、現地の皆さんの反応が全然違います。やはり、元気をもらうということもそうですし、若者が来ると、皆さんおもてなしをしてくださるので、それで元気になったり、若者もそこからいろんな気づきや学びがあったりして、活動させていただいた方も、現地の皆さんにも大きな変化があって、相乗効果が大きいなと感じています。単に家の片付けをする作業的な部分だけではない支援というのをやってきましたが、今後も取り組んでいきたいと思っています。