生成AIによるハルシネーションとは?企業が取るべき対策と人材戦略
目次
文章作成やデータ分析など、多くの業務で生成AIの活用が進む一方で、「ハルシネーション(誤情報の生成)」と呼ばれる問題が注目されています。これは、AIが事実ではない情報をあたかも本当のように示してしまう現象を指します。ビジネスの現場では、誤情報が信用低下や意思決定ミスにつながる可能性もあるため注意が必要です。
この記事では、ハルシネーションの仕組みや原因を解説し、企業が取るべき対策や人材育成の方向性について説明します。「本格的にAIの活用を検討している」「AI 人材の採用を進めている」という担当者の方は、ぜひ参考にしてください。
ハルシネーションとは何か?AIがつく「嘘」の正体

生成AIの「ハルシネーション(Hallucination)」とは、AIが事実と異なる内容をあたかも真実のように生成してしまう現象のことです。医学的には「幻覚」という意味ですが、AI分野では“データの裏付けがない出力”という文脈で使われます。
ハルシネーションには主に2種類があります。1つは「Intrinsic(内在的)」で、学習データの誤解釈や文脈の混同によって生じる誤答です。もう1つは「Extrinsic(外在的)」で、実在しない人物や機関、研究結果などを創作してしまうケースを指します。
例えば、AIが「ハルシネーションとは厚生労働省が定義した概念のことです」と回答した場合、実際にはそのような定義は存在しません。それでもAIが自信を持って答えを提示するのは、「真偽を見抜く力」がなく、「最も自然な文章」を生成するよう最適化されているためです。
AIがハルシネーションを起こす4つのメカニズム

生成AIの「嘘」には明確な理由があります。AIは意図的に虚偽を述べているわけではなく、仕組み上の制約やデータの偏りによって誤出力を生み出してしまいます。
以下では、ハルシネーションを引き起こす4つのメカニズムについて詳しく説明します。
1.確率的生成の限界
生成AIの中核にあるのは、「大規模言語モデル(LLM)」と呼ばれる仕組みです。LLMは、膨大なテキストデータを基に「次に来る単語」を確率的に予測し文章を構築します。つまりAIは意味を理解して文章を作っているわけではなく、「過去の類似した文脈で多く使われた単語」を統計的に選んでいるだけです。
そのため、確率的に低い語を誤って選択すると文脈の整合性が崩れ、結果的に誤情報が生成されます。特に長文の場合には、小さな誤りが連鎖し「誤情報の雪崩」が起こりやすくなります。
2.学習データの偏りと古さ
AIが学習するデータには、ネット上の文章や書籍、論文など多様な情報源が含まれます。しかし、これらのデータは必ずしも正確・中立とは限らず、誤情報や主観的な意見、時代遅れの記述が混在しています。AIはそれらを自動的に識別できません。
さらに、AIモデルは学習した時点の情報が固定されるため、学習後に起きた法律改正や技術動向は反映されません。例えば2023年時点のデータで学習したAIは、2025年以降の情報を知らないまま回答します。その結果、「古い情報を正しい」と前提して回答してしまうケースが生じます。
3.文脈生成の補完バイアス
AIは文章を「破綻させないこと」を最優先に設計されています。そのため、情報が不足していても自然な流れを維持しようとし、 “それらしい内容”を自動で補ってしまいます。これがハルシネーションを生む大きな要因の1つです。
例えば、「ある論文の内容を要約して」と指示した場合、実際にはその論文が存在しなくても、AIがタイトルや著者名をもっともらしく作り出してしまうことがあります。
4.モデル構造の制約
AIが長文や複雑なテーマで誤りを起こしやすい理由の1つが、モデルに内在する「構造的な制約」です。生成AIは「Attention(注意機構)」を使って文脈を処理していますが、一度に保持できる情報量には限界があります。この上限を「コンテキスト長」と呼び、これを超えると前後のつながりを正しく保てなくなります。
その結果、「前半は正しいのに後半で内容がずれる」といった現象が発生します。例えば、企業の実績を説明している途中で別の会社の情報が紛れ込むケースなどが典型です。これは、AIの注意の範囲が途切れ、文脈の整合性を維持できなくなるために起こります。
各社はこの制約を緩和するために、より長いコンテキストに対応したモデルの開発を進めていますが、現時点では完全には解決されていません。
企業はハルシネーションとどう向き合うべきか
AIのハルシネーションは、「バージョンアップで解消される一時的なバグ」ではありません。AIが言語を生成する仕組みに根差した構造的な課題です。このため、企業が取るべき姿勢は「AIを全面的に信頼する」ことではなく、「AIの出力を検証し補正する仕組みを備える」ことにあります。
特に、採用活動や顧客対応、情報発信など、人の評価や意思決定に関わる業務では、AIの誤出力が大きな影響を及ぼすおそれがあります。そこで重要になるのが、次の3つの意識改革です。
1.AIの出力を「事実」ではなく「仮説」として扱う文化を育てる
2.ファクトチェックを業務プロセスに組み込み、AIの回答を常に裏付ける
3.AIの誤りを見抜き、修正できるリテラシーを持つ人材を採用し育成する
真に強い企業とは、AIを無条件に信頼する組織ではなく、「AIの出力を正せる企業」です。AIと人が相互に補完し合える体制を整えることが、生成AI時代の競争力向上には欠かせません。
ハルシネーションが企業経営にもたらすリスク

生成AIの誤情報は、単なる出力ミスにとどまらず、経営判断やブランド価値にまで影響を及ぼします。AIが意思決定支援やコンテンツ制作などの領域で活用されるほど、そのリスクは拡大します。
以下では、ハルシネーションが企業経営に与える主なリスクを整理します。
採用・評価での誤判断リスク
採用や人事評価の領域でAIを導入する企業は増えていますが、ハルシネーションはこの分野でも無視できない問題です。AIが応募者の履歴やスキルを分析する際、情報を誤って解釈したり、スコアリングが不正確になったりする可能性があります。例えば、職務経歴書の一部を誤読したり、成果物に対して過剰な高評価を与えたりするケースです。
さらに、応募者自身が生成AIを使って職務経歴や成果物を作成していることも珍しくありません。採用担当者がAI生成の内容を見抜けないまま評価してしまうと、「AIが作った成果」を本人の実力と誤認するおそれがあります。こうした誤判断は、ミスマッチ採用や優秀な候補者の見落としにつながります。
経営判断・戦略策定への影響
AIが生成した市場分析レポートや予測データを経営判断に用いる場合、誤った統計データや根拠不明の数値が含まれていると、企業の戦略が誤った方向へ進む危険があります。例えば、AIが提示した市場成長率を根拠に新規事業を立ち上げたものの、実際の需要が想定より低く大きな損失が生じるといったケースも起こり得ます。
AIが生成するレポートはあくまで「参考意見」であり、裏付けや確認を経て初めて意思決定に用いるべき情報です。経営陣は、AIが提示する数値や提案を鵜呑みにせず、「根拠は何か」「誰が検証したか」を常に確認する姿勢が重要です。
信頼性・ブランドの毀損
生成AIを使ってプレスリリースやSNS投稿、社外資料を作成する際に誤情報が混入すると、それが企業の信頼低下に直結します。特にSNSや公式サイトの記事のように即時性が高い媒体では、誤った内容が急速に拡散するため、一度失われた信用を取り戻すのは容易ではありません。
BtoB企業では、取引先やパートナーからの信頼低下が契約解除や新規案件の喪失につながる可能性もあります。
コンプライアンス・倫理的リスク
AIのハルシネーションは、単なる誤りでは済まされず、法的・倫理的な問題に発展する場合があります。学習データに偏見や差別的表現が含まれていると、AIが無意識に差別的な発言や誤解を招く表現を生成してしまうリスクは避けられません。
また、「存在しない法令」や「実在しない判例」をもっともらしく引用してしまうケースもあります。これが法務文書や広報資料に含まれると、企業が法的責任を問われる事態になりかねません。採用領域でも、AIが偏見に基づいて候補者をスクリーニングした場合、差別的選考と評価される恐れがあります。
「AIが出力した内容であっても、最終的な責任は企業にある」という認識を全社で共有しておくことが重要です。
RAG(検索拡張生成)によるハルシネーション抑制

AIのハルシネーションを完全に防ぐことは難しいものの、技術的に抑制する有効なアプローチとして注目されているのが「RAG」です。RAGを導入すると、AIは外部の信頼できる情報源を引用しながら回答を生成できるようになり、ハルシネーションを抑制できます。
ここでは、RAGの仕組みと導入効果について解説します。
RAGの仕組み
RAGは、言語モデルに「検索」という新たな機能を組み合わせた技術です。仕組みをシンプルにまとめると、次の3ステップで動作します。
1.質問の受け取り:ユーザーの入力内容をAIが解析する
2.関連情報の検索(Retrieval):社内文書、ナレッジベース、Web情報などから関連度の高い情報を検索する
3.根拠に基づく回答生成(Generation):検索で得た情報を参照しながら文章を生成し、必要に応じて出典(情報ソース)も提示する
この仕組みにより、AIは学習時点の知識だけに依存せず、常に最新かつ正確な情報を根拠に回答できます。特に、法改正、製品仕様、市場データなど変化が激しい領域ではRAGの効果が大きくなります。
また、社内に蓄積されたFAQ、マニュアルなどを情報源として活用すれば、企業独自の知識を安全にAIへ組み込むことも可能です。
RAGの効果
RAGの最大の効果は、AIが「存在しない情報を創作する」リスクを大幅に減らせる点にあります。外部情報を直接参照するため、AIは文脈を推測して埋めるのではなく、確認できる情報に基づいて回答を出力します。その結果、従来のLLMと比べてハルシネーション発生率を大きく低下させられます。
具体的なメリットは次の通りです。
- 根拠情報を明示できる:回答に出典を付けられるため信頼性が高い
- 最新情報を反映できる:検索結果を参照するため学習後の出来事にも対応可能
- ハルシネーション発生率を低減:AIが「推測」ではなく「参照」に基づいて回答する
- 企業固有の知識活用が可能:社内ドキュメントを参照することでナレッジ共有が進む
今後の企業AI戦略では、RAGをどのように設計し運用するか、そして自社データを安全に活用する仕組みをどう構築するかが重要な鍵となるでしょう。
AI人材採用で重視したいスキル

AIを安全かつ有効に活用するためには、単に生成AIを扱えるだけでは不十分で、RAGのように信頼性を担保する仕組みを理解し、設計・運用・改善まで担える人材が欠かせません。
ここでは、具体的にどのようなスキルを持つ人材が求められるのか解説します。
データベース設計とクレンジング能力
RAGの基盤となるのは「正しいデータ」です。どれほど高性能なAIを使っても、参照データが不正確であれば誤出力は避けられません。従って、次のような能力が重要になります。
・信頼できる情報源を抽出し整理するデータベース設計力
・重複や誤記を除去し、常に最新で正確な状態を維持するクレンジング力
特に企業内では、文書やFAQ、業務マニュアルが複数部署に分散していることも多く、データ統合と品質管理を一貫して担える人材がRAG運用の要となります。
プロンプト設計と検証力
AIは「何を、どう聞くか」に大きく影響されるため、曖昧なプロンプトでは誤情報が増えてしまいます。明確で再現性のあるプロンプト設計力が必要になるのはもちろん、出力結果をそのまま採用せず、検証と改善を継続する仕組みも重要です。
- 出力を定量的に評価する指標の設計
- 誤回答の傾向分析と改善サイクルの構築
これらを実装できる人材は、AIの精度を継続的に高める役割を担うことができます。
運用ガバナンスとモニタリング力
AIの運用フェーズでは、継続的なモニタリングが欠かせません。
- AI出力の品質を監視する体制の設計
- 誤出力や偏りを検知した際の対応プロセス構築
- 倫理・法令順守の観点からの運用ルール整備
このような「AIガバナンス」を実装できる人材が、組織の信頼性を支える存在になります。AIを盲信せず「正せる組織」を作るためには、技術・倫理・運用のバランスを理解したリーダー人材が重要です。
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まとめ

生成AIのハルシネーションは、単なる「間違い」ではなく、AIの仕組みに起因する構造的な現象です。企業が安全かつ効果的にAIを活用するには、この特性を正しく理解した上で、AIの出力をそのまま鵜呑みにせず、対策を講じることが不可欠です。
RAG(検索拡張生成)などの技術を取り入れることで、ハルシネーションを大幅に抑制し、企業内のナレッジを正確に反映した回答を得られるようになります。また、AIの導入と運用を正しく支えるために、スキルを備えたAI人材の確保も進めましょう。
