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防災インタビューVol.3

災害から人を守るために

放送月:2006年5月
公開月:2006年10月

室崎 益輝 氏

消防研究センター所長

消防研究センター

現在、私は、調布市にある消防研究センターという国の研究機関の所長を務めております。現在、全国で約100万人の消防職員・団員が、第一線で市民の生命・財産を守るために活動していますが、消防研究センターは、この消防職員・団員を科学技術の面から支える役割を果たしている研究機関です。例えば、消防隊員の防火服をどのようにすればいいかとか、あるいは地震が起きて、たくさんの火事が同時に起きたときに、消防自動車をどういうふうに動かせばいいのかとか、最近はよく住宅でお年寄りが亡くなるのですが、そのような住宅火災からお年寄りを守るためにどうしたらいいかということを研究しているところです。

災害から人を守るための研究

今は消防と密接に関係した研究をやっていますが、もともとは建築学科で建築デザインを専門に研究していました。ところが今からちょうど40年ほど前、有馬温泉で旅館の火災がありまして、30名ほどの方が亡くなられました。私はその近くの出身だったので、火災の現場を見ることがありました。それを見たときに、これは旅館の設計者の設計に問題があって、お客さんを殺したんじゃないかと思ったんです。思い返せば今まで大学では、万が一、火事が起きた際、そこにいる人間の安全を考える教科というのは習ったことはなく、法律の中には確かに安全のための建築基準はありますが、実際に火災の際に人の安全を守ることについては、大学で教えていないことにショックを受けました。それからは、設計も必要だけれど、災害が起こったときを前提に、人の命を守るような研究が必要ではないかということを感じ、それから突然、専門を変更して、建物の火災や地震対策を勉強しようと思ってこの世界に入りました。

その時、私の友人たちからは、建築において防災とか安全という世界に入ると、ある意味で他の設計士の足を引っ張ることになるので、「そんな、人に憎まれるようなことをするな」と、すごく忠告されました。ですが今からして思えば、その時の決断みたいなものはよかったと思います。よかったというのは、現代社会というのは非常に危険な時代を迎えているわけで、人の命がすごく大切な時代ですから、やはりそういうことをしっかり専門にやる人が必要で、そういう意味でも40年ほど前に、この防災の世界に入ってよかったなと思っています。

災害の現場で防災を学ぶ

住宅の火災 (株)レスキューナウ提供

防災の専門に入ったのは昭和40年代ですが、そのころは千日デパートという大阪のデパートで火災が起きて、100名ほどが亡くなられました。その翌年は熊本の大洋デパートで100名ほどの方が亡くなられ、しばらくすると天六のガス爆発というのがあって、また100名の方が亡くなられたという、次から次へと大きな災害が起きた時期でした。ちょうど今年が30年目になりますが、山形の酒田の大火という、街中が火の海になるような災害もありました。そういう災害があるごとに、専門家として現場に入る機会がありましたが、現場に行っていろいろなことを勉強させてもらいました。その中で、現代社会の弱さみたいなものや、最新の技術がマイナス面も持っていて、時々暴走して大きな被害を生むということも、現場を通じて学べたのではないかと思っています。

また、地震に関しても、そのころ、東京あたりでも大地震が起こるのではないかと盛んに言われ出し、特に静岡で東海地震が起きると言われ、地震対策の勉強もするようになりました。今から11年前に阪神淡路大震災が起きたわけですが、その当時は神戸大学に勤めておりましたが、神戸で地震があるなんて思っていませんでした。地震直後から私の研究室に、一般の市民の方から電話が入るようになりました。その電話では、「あなたが神戸市の地域防災計画を作った責任者であると聞いた。その計画を見ると、震度5とか震度6レベルの地震を想定した計画だが、実際は震度7の計画が起きてしまった。あなたは専門家だから、本当は震度7の地震が起きると想定して計画を作らなければならなかったのに、どうして震度5の弱い地震を前提に計画を作ったのか」ということでした。地域防災計画が、阪神大震災のときに役立たなかったわけですね。「そういった不十分な計画を作って、あなたはどういう責任を取るのか」と、そういう趣旨の電話がありました。「大きな地震が来るからちゃんと注意しなさいよ、住宅の耐震補強をしなさいよ、と言ってくれていたら我々はやったのに」と、電話がかかってくるわけです。専門家として、その批判から逃げるわけにもいかず、当初はその批判が随分こたえましたが、何が間違っていたか、私自身考えました。今まで私は一生懸命防災の研究をしていて、しかもそれは市民の安全を守るための研究をやっていたわけですが、私たちの研究の成果や中身を市民の人に伝える努力までは、地域安全学会だとか火災学会だとか建築学会だとか、学会で発表していたけれども、その内容を市民にしっかり伝える努力をしていたかというと、していなかったと気付きました。気持ちは市民のためを思っていたけれど、実際の行動は市民の中に入っていなかった。そこが大きな間違いだったということに気が付きました。大震災の後は、少しそういう反省の上に研究の進め方とか在り方を変えないといけないな、ということで、阪神大震災以降から研究者としての再スタートをしました。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。