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防災インタビューVol.21

子ども達への防災教育と実践

放送月:2007年7月
公開月:2008年3月

諏訪 清二 氏

兵庫県立舞子高校教諭

日本唯一の環境防災科

私は神戸市にある兵庫県立舞子高校で、日本でただ一つ、防災教育を専門に行う環境防災科で防災を生徒たちに教えています。恐らく、このような学科は世界でも1つだけであろうと思います。

きっかけは12年半前の1995年1月17日、兵庫県南部地震という大きな地震、いわゆる阪神・淡路大震災です。その中で市民が助け合い、そして励まし合って生き抜いていったことに基づき、震災の教訓を生かしていくためにつくられた学科です。兵庫県で震災の体験を風化させてはならない、震災から学んだ命の大切さや助け合いの素晴らしさを、子供たちにどんどん伝えていこうということで始めたのが、この新たな防災教育です。

つまり、古い防災教育では避難訓練や地震の勉強が主でしたが、災害時における人の助け合いや励まし合いを、もちろん醜い部分も含めて学びながら、人間としての生き方を考えていこう、在り方を考えていこう、そういう学科としてスタートしました。

震災の教訓を生かす教育

震災の教訓はたくさんありますが、ほとんどの教訓は組織の教訓であり、大人の教訓であります。例えば、会社の教訓、行政の教訓、自衛隊の教訓、そういうものはいっぱいありますが、「市民一人ひとりにとっての教訓とは何か」を考えたときに、実は3つほど大事な事実に気が付きました。

そのうちの1つは、この震災で6400人を超える方が亡くなっていますが、実はその中の9割を超える方が、地震発生直後の15分以内に亡くなってしまったという事実です。つまり、助けが来るのを待つ間もなく亡くなってしまったということです。自衛隊や消防が動かなかったのではなく、一生懸命動いたけれども、それでも助からなかった方々がたくさんいたということです。

2つ目は、これは数字としては難しいのですが、8割・9割の人は隣近所の人が助けたということです。市民が素手でがれきをのけて、市民を引っ張り出しました。もちろん引っ張り出せなかった人もたくさんいたわけですが、多くの人は市民が助けたというのが事実です。

3つ目は、消防や自衛隊が頑張ってはいましたが、どんなに頑張ってもあれだけの広域災害ですので、一挙に全部の地域に展開するのは不可能です。神戸市は、同時に10件の火災があっても、消す能力は持っていましたが、あの時は朝一番に60件の火災が起きました。その上、水も出ませんでした。これではどんなに頑張っても消しようがなかったのです。

そういう事実を考えますと、市民一人ひとりにとっての一番大事な教訓というのは、「人を当てにしない」ということです。行政を当てにしない、自衛隊を当てにしない、まず自分で備えるということなのです。地震があっても倒れない、つぶれない家に住み、家具が倒れないようにする。そして地震が起こった瞬間を、自分がきちんとやってきた備えで生き抜いておく。これが一番の教訓ではないかと思います。ですから、防災教育もその教訓に従って、まず備えが大切だということです。それから人を助けよう、助け合おうということで、今やっています。

高校教育の中での防災

能登半島地震ボランティア

高校の学科ですから、商業科や工業科のように専門科目として、授業の三分の一程度が防災についての勉強、残り三分の二は、いわゆる普通科目ということで勉強します。

災害を考えるときに、私たちはまず自然環境と社会環境という発想を持っています。例えば、大きな台風があって、それが太平洋のど真ん中にあったとしたら、これは単なる自然現象であって災害ではありません。それが人の社会に被害を与えたときに初めて災害になります。しかも人の社会が強ければ災害になりにくいし、弱ければ災害になりやすいのです。例えば、神戸の町に、もう1度震度5の地震がきても、家屋が倒壊することはないと思います。しかし、同じような震度5の地震でも、途上国のネパールやジャワのような脆弱な町で起こると、大変大きな災害になります。ですから、社会の強さ、社会の防災力が、実はとても大事だということで、私たちは自然環境と社会環境の両方から防災を勉強しています。

スリランカ津波被災の子どもたちと

具体的には、震災の体験、震災の教訓を生かして、助け合い、ボランティア、あるいは福祉、国際理解、耐震補強というようなものをキーワードにして防災を勉強しています。実は私は普通科高校の英語の教師で、今は防災を教えていますが、普通の学校の先生が防災を教えるということは、非常に難しいと思います。そこで、私たちの学校では防災の専門家をたくさん学校に招いています。高校に大学の先生や行政の方、消防や自衛隊の方、目の前で人が死んでいくのに助けられなかった人や、焼け跡にはいつくばって遺牌を探した人たちが来て、涙ながらに自分たちの活動を話してくれます。そこから命の大切さを学ぼうとするのですが、理屈で道徳的に教えるのではなくて、目の前で消防士さんが泣きながら話すことで、人の命の大切さがストンと気持ちの中に落ちていくような、そういう授業もしています。

また、学校の中で知識だけを一生懸命吸収するのではなく、どんどん出て行こうということで、災害の現場に行ったりもしています。春休みには、石川県能登半島の門前町にボランティアに行ってきました。子供たちはいろいろな夢を持っていて、将来、海外で活躍したいという生徒もいます。例えばネパールやスリランカなどの海外の被災地や、あるいは、これから来る災害に備えている海外の国に行って、知恵を学んだりもしています。

消防学校

地域の小学校に出向いて行って高校生が先生役になり、地域の小学校3年生・4年生・5年生・6年生に防災を教えるというのもあります。一緒に町を歩いて安全マップを作ったり、地震の理科の実験をしてみたり、あるいは震災体験を話したりもしています。また、あまり体験できない学習ということで、神戸市にある消防学校に一泊二日で泊まり込んで訓練をするということもあります。1年生で初級編、2年生で上級編、別名地獄編と呼んでいるのですが、いろいろな訓練をします。訓練の内容は年に1回ではすぐ忘れてしまいますが、そこで本物の大人に会うことができます。消防というのは震災の十字架を背負っていますから、その人たちの本物の気持ちを吸収します。そういった体験的な授業もたくさん取り入れています。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。