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防災インタビューVol.26

人と環境に優しい「暮らしの中の防災」

放送月:2008年1月
公開月:2008年8月

福井 義幸 氏

平塚・暮らしと耐震協議会 副理事長

車いすの現場監督

僕は実は12年前に交通事故が原因で半身不随になり、車いす生活になっています。その前までは建設業で現場監督をやっていました。下半身不随になって2年間ぐらい入院していました。そのおかげで人の体というのは本当に不思議だということと、人の命の大切さというのを実感しました。

病院にいる間に、障害を抱えた方が社会になかなか受け入れてもらえないということで、涙をこぼしているのを見るたびに「なんとかならないかな」という思いが強くなってきました。それにはどうすればいいかを考えていた時に、僕の主治医が「住宅改修をやってみないか」と勧めてくれました。この素晴らしい先生に出会ったことが、身体だけではなく自分の人生まで決めてくれました。そこからが、僕の車いす生活から今の活動に結び付いている原点です。

僕は40代の半ばすぎに車いす生活になっていますが、それ以前23年ほど現場監督をやっていて建築の知識がありますし、体の中に現場監督のすべてが染み付いています。しかし、ほかの人は自分のレベルまではほとんどいっていないと実感として分かったわけです。こんなに世の中の人は建築について知らないのかと思いました。例えば一般住宅だったら、柱を抜くと倒れるのではないかと心配しますが、マンションならば柱を抜いても家がつぶれることはないのですが、それを知らない一般の方が、狭い所を狭いまましか使っていないということがあります。これでは車いすに乗っている人はとても困ります。そんな時に、車いすに乗った人は柱や壁を取ってしまえばいいということを話しました。そういう話をし始めたら、皆からかなり相談があって、その相談の中で主治医から「将来の生きがいにすればどう? 喜んでくれるよ」という話を頂きました。それからです。病院の中で2年間勉強させてもらいました。その2年間の後に会社に戻って社会復帰しました。その後さらに2年間勉強させてもらいました。

バリアフリーを目指して

勉強会/福祉セミナー

会社に戻ってから2年間で、住環境について、いかにみんなが困っているか、日本の住宅がいかに住みづらいかということを目の当たりにしました。これを見て「これは変えないといけないね、誰でも住めるようなものにしないといけないね」と思いました。基本的には障害者とか高齢者の身体が不自由になった人たちが住める所、そういう環境を、そういうデザインのものを建築的に造ってあげれば皆が住めるような所になる、これがバリアフリーと言われるものです。そのバリアフリーを目指して、もうけを考えない支援業務としての仕事をするために、2000年にNPO法人を設立しました。それが地域住環境改善センターです。

その設立前の2年間、会社にいた時に勉強させてもらったのは仲間づくりでした。いろいろな分野、医療、福祉、介護、福祉用具関係の人たち、もちろん行政マンも入っていましたが、そういった人たちとのネットワークを取るために勉強会を始めました。その勉強会が約1年続きました。その1年続いた中で、そろそろ拠点が欲しいという話になり、拠点を平塚につくりました。建築の専門家、医療関係者も福祉関係者もすべて専門家が集まっていますが、専門家同士が集まったNPO法人というのはそんなにはありませんでした。建築の専門化がそこに入るということは、その当時、建設業界というのは何か裏があるとか、何か怪しいというように思われていましたので、その怪しさを払しょくしたかったからです。NPO法人というのはすべてをさらけ出して開示しますから、全部をさらけ出して皆に見てもらって、その中で皆の笑顔をもらおうという活動を始めました。そういうところに建築の専門家が入るということが、今では平塚の市民の皆さんに少しは浸透したのかなと思っています。

この市民活動をやっている人たちの中で、同じ平塚市民としていろいろな分野の方と仲間うちのつながりができてきました。その時に防災をやっている篠原さんから「耐震補強をやりたい」という話が出てきました。それまでは耐震補強はやったことがありませんでしたが、できないことはないということで耐震補強をやり始めました。ただ一般在来工法では面白くないので、いかに安くて丈夫なものを造るかということで、ちょっと無謀だったかもしれませんが、建築基準法を無視したような形で耐震補強をやった家を2003年から計画を始めて、2004年の4月に完了しました。そこからこの工法はブレイクしてしまったのです。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。