1. ホーム
  2. 東急沿線の地域情報
  3. 安心・安全情報
  4. 防災インタビュー
  5. 行政の危機管理
  6. 水害を防ぐために ~先人の教えに目を向けて~
  1. ホーム
  2. 東急沿線の地域情報
  3. 安心・安全情報

防災インタビューVol.69

水害を防ぐために ~先人の教えに目を向けて~

放送月:2011年11月
公開月:2012年1月

土屋 信行 氏

元江戸川区土木部長

プロフィール

私は、以前は東京都の建設局に勤めておりまして、環状7号線や環状8号線の建設や常磐新線という鉄道、そして秋葉原の駅の街づくりや汐留の区画整理をやってきまして、最後は江戸川区土木部長として、町の防災や自転車対策を中心に、町づくりに携わってきました。40年間ずっと町づくりや防災を担当してきましたが、町が安全でなければ、皆さん快適に住むことができませんので、町づくりと防災は一対不可分のものだと思っています。

現在は公益財団法人えどがわ環境財団で仕事をしておりますが、ここは公園や親水河川、親水緑道などの町の緑、環境を少しでも良くし、皆さんに快適に使っていただくための仕事をしているところです。

東日本大震災直後の要望 ~粉ミルク~

3月11日のちょうどお昼すぎ、仕事をしていた時に東日本大震災は起こりました。直後に防災本部が立ち上がり、まずは自分のところの初期対応を終わらせて、すぐに東北の地域の方々に早く、少しでもお手伝いをしてあげたいということで、青森、岩手、宮城、福島、茨城などと連絡を取ろうと思いましたが、なかなかどことも連絡が取れませんでした。最初に連絡が取れたのは茨城県でした。何が必要かを尋ねると、最初に返ってきた言葉が「粉ミルクが欲しい」というお話でした。寒い時季でしたので毛布だとか、ひもじいので食べ物が欲しいということもありましたが、何もかも流れ去ってしまった所では、赤ちゃんのミルクがとにかく欲しいということでした。その後、連絡が取れたのは岩手県でしたが、やはり同じように、最初に必要とされたのは粉ミルクでした。これは今後の防災対策を進める上では一つの大切な要素ではないかと、勉強させていただきました。

津波から学ぶこと

東日本大震災では津波の被害が甚大でしたが、一番大事なのは「この津波がこの地域にとっては初めてではなかった」ということで、これを肝に銘じなければならないと思います。

50年前には150人の命を失ったチリ津波がありました。もう少しさかのぼると昭和津波でも1万人弱が犠牲になりました。さらにもう少しさかのぼると、明治津波で2万人が亡くなっています。さらに江戸時代にさかのぼって慶長津波があり、そして千年に一度の大きな津波ということで今回有名になった貞観津波がありますが、その間、何回も何回も津波が繰り返され、その都度大変多くの方が犠牲になっています。しかし、津波によって我々の祖先が非常につらい思いをしたことをすっかり忘れて、また同じような場所に暮らしてしまっています。

実は東北地方には津波記念碑や津波石というものが、あちこちにたくさんあります。この記念碑や石は津波が来た場所を示しており、「これより下の方には家を建てて住んじゃならないぞ」という先人の教えです。その石を大切に守って、それより下に住まなかった地域では全員が今回の犠牲にならなかったのですが、どうしてもその石や記念碑の下の方にも住んでしまっています。その方が住みやすいし、経済活動もいい、商売もできる、交通も便利だ、そういう目先の利便性にとらわれて、命ということをすっかり忘れてしまったり、おじいちゃん、おばあちゃんなど、その時の経験を話してくれた世代が亡くなってしまって、低い方に家をまた建て始めてしまう傾向にあります。これは今回の大きな教訓にすべきです。

東北の方々が海辺に暮らしているというのは、漁業に携わっているせいでもあります。どうしても船着き場は海辺になければなりませんし、仕事の関係から、どうしても低いほうが便利です。今回の津波には間に合わなかったのですが、今、東北の復興において皆さんが検討しているのは、やはり住まいは高い所に造ろうということです。今回の津波は昼間にあり、たくさんの方も亡くなっていますが、一方で多くの方が逃げ延びて命をつないでいます。犠牲者の方だけではなく、どうやって助かることができたのかも、きちんと見ていかなければならないと思います。昼間だから逃げられたというのも大きな要素ですが、では、夜だったらどうだったのか。それを考えると、地域の方々が今望んでいるのは、やはり夜、枕を高くして寝られる場所に家を建てたいというお話です。

関東地方でも過去に千葉県の九十九里、神奈川県の鎌倉などで、かなり大きな津波の被害に遭っています。鎌倉の大仏様は実は露座の大仏ではなくて、以前は大仏殿という大変立派な建物の中に入っていたのですが、津波で大仏殿が流されて、大仏様が裸になってしまって露座の大仏になったという歴史があります。ですから、大仏殿を壊すほどの津波が入ったのだということを、やはり学ばなければならないと思います。鎌倉の大仏は海からだいぶ奥の方に入った所にありますが、今も大仏様よりも海岸線までの間にたくさんの方がお住まいですし、たくさんの事業の場、経済活動の場、そして鉄道や道路ができています。その場所には、いざとなったら津波が来るかもしれないということを、過去の例から学びとることが大切だと思います。このように過去の歴史から学んでいくことが、実は防災対策になるということだと思います。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。