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防災インタビューVol.73

青葉区の災害医療 ~被災地でのボランティア活動を通して考える~

放送月:2012年5月
公開月:2012年5月

松岡 誠治 氏

横浜市青葉区しらとり台松岡医院小児科院長、青葉区公衆衛生部部長

自分自身にできることを

東日本大震災が起きてちょうど1年です。多くの人が犠牲になったことに対して、哀悼の気持ちを表したいと思います。私は震災から1カ月後から何度か被災地に赴いてボランティア活動をしていますが、初めに参加したのは4月22日でした。夜10時ぐらいに横浜駅西口をバスで出発し、東北自動車道で岩手県一関インターチェンジから気仙沼市に入りました。大震災から既に1カ月以上が経過していましたが、津波による被害の爪痕が残っていました。雨が降り、この時期でもまだまだ寒さが感じられる中、避難所になっている面瀬中学に着き、自衛隊の車を見た時には身が引き締まる思いでした。被災された方々が避難している体育館に入るということに緊張し、初めはそこに居る人たちに声を掛けることもできませんでした。その時ちょうど人形劇団のひとみ座と一緒に行動することになったので、人形劇の後に衛生管理の指導をやってみようと決め、持参したスケッチブックにマジックインキでキーワードや絵を描いて紙芝居のようにして、手洗いやうがい、歯磨きなどについてお話をしました

現地に行ってみると、短時間の訪問では、ゆっくり健康相談をしたり心の傷を癒やしたりするようなことはできないと感じました。子どもたち、そして大人にも声を掛けて話をしながらコミュニケーションをとるようにしましたが、なかなか自分の硬さはとれませんでした。現場に入るまでは、どのようなニーズがあるか分かりませんし、どのような場所にどれくらいの時間、滞在するのかも分かりません。毎年11月3日に青葉区役所周辺で行われる区民まつりでは、青葉区医師会で健康相談、予防接種相談を行っているので、そのようなことができるのではないかと考え、準備はしていましたが、行うスペース、呼び掛けて希望者を集める時間的な余裕がありませんでした。そこで、避難所には給水車が来ていて、十分ではないけれど水を使えるということを確認した上で子どもたちに手洗いやうがい、歯磨きなどによる健康管理、食事、運動、睡眠の大切さを訴えました。少しでも分かりやすいようにキーワードをマジックインキでスケッチブックに書いて、紙芝居のようにして説明しました。空いたスペースに下手なイラストを書き加えると、子どもたちは喜んでくれました。

面瀬中学校の他に小原木中学校、総合体育館、仙翁寺というお寺、松岩公民館など、さまざまな避難所を訪問して、ひとみ座の人形劇の後に衛生管理の話をしました。総合体育館では1400人が秩序を保って生活している様子を見ました。仙翁寺では満開の桜の木の下での花見に加えてもらい、松岩公民館では大量の支援物資の段ボールを運び入れる手伝いもしました。

最初は、資格を生かした医療支援をしたいと考えて支援に行ったわけですが、被災地に来たからには、そこに居る人々のためになることをするなら何でもいいと思います。医療支援というのは決してニーズが多いわけではないですが、遠慮して言い出せない人がいたり、症状が重いため避難所ではなくて自宅で避難生活を送っている人がいたりするので、見えないところにもニーズがあることを忘れてはいけないと思います。それで、ボランティアバスの支援メンバー70人の健康管理も行うことにして、体調が悪くなった場合に備えましたが、幸か不幸か出番はありませんでした。

継続的なボランティア活動

このようなボランティア活動を継続していきたいと思っており、1回目のボランティアバスの経験を足掛かりにして、個人で医療支援をする方法を見つけようとしましたが、なかなか良い方法は見つかりませんでした。現地の活動拠点となった気仙沼カントリークラブの支配人の千葉健郎さんは、かつてローマオリンピックのボート競技の日本代表選手で、僕の大学のボート部の先輩と親交が深かった縁もあり、継続してボランティアバスの支援に参加するという思いが強くなりました。ちょっとした関わりがあると絆が深まるのだと思います。そういうわけで、6月、7月、11月にも現地を訪れました。12月と2月にもボランティアバスの支援活動がありましたが、12月は体調が優れず、2月は家庭の事情で参加できなかったのが残念でした。

6月は、7月に行われる「こども遊びプロジェクト」の準備に行きましたが、気仙沼ゴルフクラブで初めてのパークゴルフ大会が行われるということで、これに出場して、同じ組の地元の人たちとコースを回りながら話をしました。スポーツをして一緒に汗を流すことで、ぐっと距離が縮まります。私にとって初めてのパークゴルフで、試合にもかかわらず教えてもらいながら楽しみました。この時期、4月と比べてかなり気温は上がっていて、海岸近くの地域で、津波で全て流された後にも草が生え、緑色が鮮やかだったのが印象的でした。

7月には、気仙沼ゴルフクラブのグリーンを解放してもらい「こども遊びプロジェクト」という名前でスポーツ大会、縁日を開きました。大学生や専門学校生の若い人たちがたくさん参加して、一生懸命に子どもたちの相手をしてくれました。学校の体育館が避難所に、校庭が仮設住宅に使用されていて使えず、里山には不審者の心配があるため遊ぶことができなくなっていたため、広いゴルフ場で子どもたちはうれしそうに走り回っていました。また、夏祭りの多くが中止となっていたため、縁日や水鉄砲遊びなども好評でした。私は熱中症、食中毒、震災後の予防接種についてのパンフレット、プリントを作って持って行き配布しました。当日は東北地方で30度を超える暑さで、参加者の熱中症などの体調不良やけがに備えましたが、大きな問題はありませんでした。前回は、気仙沼市内で津波に流されずに残った小児科診療所の三条先生を訪れ、会食させていただくアポイントをとりましたので、今回7月の訪問では、ご夫妻と食事をしながらゆっくりお話を聞くことができたのは貴重な経験でした。学校健診では、支援物資の食料による栄養過多と、運動不足による肥満が気になったというような情報は、地元の医師でなければ気が付かないことだと思います。

11月には気仙沼消防署、そして現地の消防団の人たちと一緒に仮設住宅を回って、火災予防の呼び掛けをし、前の週に上谷本町の畑で掘って運んできたサツマイモ2トンを配布しました。仮設住宅の集会所で健康相談を開きましたが、子どもたちと遊んだり、別のボランティアグループの大学生たちと活動の説明や意見交換などをしました。健康相談に来た人はあまりいなかったということです。

今回、グループでの支援活動に参加したわけですが、そこでは自分のやりたい所でやりたい事をできるとは限りません。しかし制約のある中で新しい発見があり、柔軟性、協調性、応用力を身に付けることができたことは非常に良かったと思います。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。