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防災インタビューVol.79

空洞探査、地雷除去の経験を生かした防災そして減災

放送月:2012年9月
公開月:2012年11月

冨田 洋 氏

ジオ・サーチ代表取締役社長

臨界点 ~震度5~

震度5が臨界点ということで、やはり震度5を超えると道路の下の空洞もかなりの数になります。私どもは新潟の地震の時も突入しているのですが、やはり震度5以上になると、そこら中に空洞が出ていました。それは局所的だったので、データとしては900カ所ぐらいの空洞を分析しましたが今度はそれの3倍、4倍の空洞が見つかっています。それを全部分析していくと、一番大規模に空洞ができたのは、もともと老朽化している港湾の辺りです。それから先ほどの大型地下構造物の代表の地下鉄周辺、共同溝周辺の空洞化が多く、これらは全部、造るときに埋め戻し土を使っており、これが大規模に緩んで、さらに下がってしまったということです。

それから下水。これが一番厄介なのですが、下水は埋設物の中で一番深い所にあります。水道、ガスというのは圧力管といって、管そのものの強度は強いのですが、下水は瀬戸物でできていたりコンクリートでできているものもあり、あまり強度がないので、その周りに砂をクッション代わりに入れたり、傾斜をつけるのに砂を多用しています。この砂が悪さをして、下水管ががたがたになってしまいました。そうすると、高い方から低い方に流れるはずの下水が流れなくなってしまって、トイレの水が流れないというような問題も起こってしまいました。ですから今回の震災で普及に非常に時間がかかったのは下水関連になっています。

屋根から瓦が落ちてくるような状態を、気象庁の震度計で震度5と言っていますが、地中も同じくらいのエネルギーがかかりますので、それによって、砂が使ってあるような埋設物の周辺は、全部が空洞化してしまっているということが分かってきました。

液状化の起こりやすい場所

今年の9月に運悪く台風11号が仙台を横断しまして、その際に仙台市にも集中豪雨がありました。この時、真夜中に管理者から電話があって「人身事故が起きたので、すぐに行ってくれ」ということでした。調べてみると、補修した隙間に水がどんどん入り込んできて、また悪化して二次災害で起きた陥没事故でした。この周辺一体は噴砂が液状化してしまったので、非常に大変な状況でした。しかしながら不思議なことに、同じ埋立地であるお台場やディズニーランドでは、液状化は起こっていませんでした。これは液状化対策を地盤にきちんとしていたからです。その逆に浦安、習志野、江東区、そして木場辺りが全部駄目でした。

同様に、これも後で分かったのですが、仙台の30年、40年前の地図を見ますと、名取という所はもともと人が住んでいない地域でした。しかし人口増加と産業の拡大ということで、どんどん埋め立てていきました。もともと人が住まない所をそういう形で埋めて住めるようにして、団地や工業地帯を造った所は、自然の力でまた元に戻されたということです。特に、もともと埋め立て地というのは、海の海底の砂を浚渫船でポンプで吸い上げて、埋め立て地へぽんぽん入れた昔の造り方をしています。今は砂を乾燥してから入れなければいけないというルールがありますが、吸ったポンプから砂を埋め立て地へ放出するときに、重い物は手前に落ちますが、砂分のような軽い物は先に飛びますので、むらになってしまいます。

空洞探査システム スケルカ

もともとは地雷除去のために空洞探査システムを改良した技術を、さらに進化させ、発明したばかりの「スケルカ」という技術を、初めて液状化した所の探査に役立てることになりました。これは時速60キロで、もともとコンクリートの床板のさびとかを調べるために、中を透視しながら走るCTスキャンだったのですが、これは2センチ角ぐらいの変異であれば透視できるものです。

これを液状化した所に用いて調べてみると、スケルカの画像で空洞の範囲がビジュアルで分かります。そこには数量的には数百という空洞ができていました。砂を使った所は下がりますから、まだ余震が続いているので落ち着かないという状況でしたので、地元の補修業者と相談して、この空洞にセメント系の物を入れて固めようということになりました。取りあえずバンドエイド工法で落ちないようにして、350近い空洞の落ちやすい所に順番をつけて、1年3カ月ぐらいで全部補修できました。緊急医療と同じで、重症、すぐに手当てしないといけない所、経過観察というように順番をつけたわけです。

陥没危険度マップから安全マップへ

スケルカの技術で空洞を発見し、それを「陥没危険度マップ」という形で進化させていきました。それを習志野で試してみたら、非常に役に立つということが分かりました。最初に危険な所には赤、次は黄色というように、地図に順番をつけていきますが、補修した後にもう一度調べて、直っていたら緑、グリーンになります。従って危険度マップから安全度マップに変えられるということで、行政のほうも住民の方々に安全宣言ができるということで、非常に喜んでいただきました。

話が少し元に戻りますが、地雷除去の時も、延々とその新技術を現地で鍛え上げていくわけですが、一番過酷な時に、一番ニーズがはっきりしてくるものです。宮城県もそうですが、調査した翌日に結果を出してくれと言われます。そこで、われわれはその当時、全部データを取り込んだパソコンを宿舎に持ち込んで、徹夜で読んで「一番危ない所はここでした。そこを優先的にやってください」と明け方報告に行って、優先的にやってもらいました。これは野戦病院というか救急医療の現場のようでした。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。