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防災インタビューVol.151

災害時のトイレ ~事前に準備、しっかり防災~

放送月:2018年4月
公開月:2018年10月

新妻 普宣 氏

株式会社 総合サービス
代表取締役

FMサルースで放送された音源をお聞きいただけます。

プロフィール

私は、株式会社総合サービスの代表を務めています。総合サービスは、防災関連の事業、医療介護の事業、自然環境の関係と公共商業施設に関する衛生機器設備と用品を製造するメーカーです。防災との関わりは、1995年の阪神大震災時から現地に入って視察しており、2004年の新潟中越地震、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震などで現地の調査や視察をやってきました。東日本大震災と熊本地震においては、災害用トイレを支援させていただきました。特に衛生機器のメーカーですので、トイレの現場を見てきましたが、非常に大変な状況で、実は23年前の阪神大震災から正直あまり変わっていないのが現状です。

熊本における「国のプッシュ型支援」

まずは、2016年の熊本地震の現場のトイレの状況と、その時初めて行われた「国のプッシュ型支援」についてお話しします。プッシュ型支援というのは、被災された自治体からの要請がなくても国がプッシュしてトイレを持って行くという支援で、私もこの支援に関わっておりました。熊本地震は、2018年4月14日で丸2年になり、皆さんが忘れかけて風化してくる頃ではないかと思いますが、当時の状況を説明しながら、ぜひ皆さんにもイメージしてほしいと思います。

私は、熊本地震の際は、国のプッシュ型支援に関わっていたので、すぐには現地には行けず、発災してからちょうど2、3週間たってから現地に入りました。23年前の阪神大震災の際には、トイレのことで困る方がたくさんいましたが、熊本でも同じような問題が発生していました。私が入ったのは、一番の被害があった益城町ですが、トイレに一番困っていたのも、この益城町でした。ここでは、ライフラインが途絶えていて、3週間たっても断水していました。その上、下水も流すことができず、その後、水は出始めたのですが、下水が流せないということで、トイレを使えない状況が続いていました。国のプッシュ型支援で、震災から2日目には仮設トイレが設置されていたのですが、初日のトイレは使うことができず、避難所では穴を掘ってトイレにするという状況でした。通常のトイレというのは、水が止まったり下水が駄目になったりして、ライフラインのどちらかが使えないと実は使えなくなってしまいます。

この時、私も避難所を何カ所か回ってきましたが、熊本市内のある中学校に行きましたところ、熊本市が備蓄していたマンホールトイレを速やかに設置していて、非常にきれいなトイレがありました。ただ、その当時は気温が26度という結構暖かい状態でしたので、虫が発生し始めていました。これは年配の方はご存じだと思いますが、いわゆるポットントイレと同じ仕組みですので、どうしても虫が発生してしまい、それに対する対策も必要でした。普段の生活では、ボタン1つで流れるトイレを使用していますが、災害時というのは、いきなり原始時代に戻ってしまうものだということを垣間見た状況でした。

このように益城町では、下水道の被害が結構大変だったので、水が出始めた後でもなかなか水が流せない状況が続いていました。そこで印象的だったのが、耐震化していて避難する必要がない自宅にいる方も、トイレが使えないために、わざわざ避難所までトイレを使いに来ていたことです。雨でも、風でも、暑くても、わざわざ遠くの避難所のトイレに来ていましたが、トイレに行きたくなれば、夜でも避難所まで行かないといけないのは大変なことです。食べ物や飲み物は我慢できますが、トイレは1日も我慢できません。それまでは近代化していたトイレが、いきなり原始時代に戻ってしまうのは、本当に大変なことです。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。