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防災インタビューVol.210

津波裁判から考える災害の法社会学 ~亡き命をせめて教訓に~

放送月:2023年2月
公開月:2023年5月

飯 考行 氏

専修大学法学部 教授

FMサルースで放送された音源をお聞きいただけます。

プロフィール

飯考行と申します。専州大学法学部で教員をしており、専門は法社会学です。法社会学とは、あまり聞き慣れない学問分野かもしれません。通常の法律学は「六法」などの主な法規の条文を整合的に解釈し理解することを中心とする学問ですが、法社会学は「社会から法を見る」、社会現象の一つとして法をとらえるところに特徴があります。法律や関連する規則はたくさんありますが、社会の視点から見ますと、法律などが市民の方にどれだけ知られているのか、あるいは実際に法律に基づいて権利を主張しようとする時に弁護士などのプロのサポートを実際に受けられるのかなど、実際の市民の生活の視点から法をとらえ直す学問です。

私はこれまで、主に司法制度、司法裁判等について、実際にどのようにして弁護士が市民の法的なニーズに応えているのか、裁判がどのように運営されているのか、市民の司法参加制度の裁判員制度、そして地方での司法アクセス、すなわち弁護士あるいは裁判所が実際にどのように地域に配置されていて利用し難い状況があるのか、といったことを中心に研究してまいりました。2011年3月11日、前任校の弘前大学勤務時に東日本大震災を経験したことがきっかけとなり、災害に関心を持ちました。

岩手県野田村での災害ボランティア経験

発災当時、弘前大学に勤務しており、弘前大学の教員有志で弘前市と協議し、岩手県北部の野田村へ災害ボランティアバスを出すことになりました。野田村とは、かつてNHKの朝のドラマ「あまちゃん」という番組の舞台だった久慈市から車で30分ほど南下したところにあります。その野田村に高さ15.5メートルほどの津波が襲来し、海岸近くの村の中心部はほとんど流されてしまい、40名弱の犠牲者が出ました。

私自身、災害ボランティアは初めてでした。阪神・淡路大震災が1995年にあった際は大学生で、ボランティア活動に参加した知り合いはいましたが、私自身は行動に移すことができず後悔していました。今回、東日本大震災があり、弘前でボランティアバスを毎週のように出したため、何度か参加しました。

当初は瓦礫撤去の作業でしたが、その後、被災された方が入居した仮設住宅を回ってリンゴを配ったり、集会場での催しを行ったりするなどの活動を続けていきました。その時に印象的だったのが、仮設住宅に入居していた女性が寂しい笑顔で、「あの波に呑まれていればよかった」と明るくお話しになったことで、ショックを受けました。せっかく生き残られても、環境はかなり変わってしまうわけです。野田村では広い家屋に住んでいる方が多かったのですが、仮設住宅ですと、狭いプレハブに居住環境が変わってしまい、人によっては近隣の方・ご親族が亡くなり、村外へ移転する方もいて、離れ離れになります。また、衣食住、職の先行きも不透明になり、物心両面で多大な被害を受けておられることが伝わってきました。また、村自体が復興事業を進め、海岸の防潮堤の復旧や、高台に大規模な住宅地を作るなど、村自体が変容を被る中で、被災された方がいかに大変な状況にあるのか、一端に過ぎませんが感じることができたことは、貴重な経験になっています。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改定して掲載しています。

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