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防災インタビューVol.210

津波裁判から考える災害の法社会学 ~亡き命をせめて教訓に~

放送月:2023年2月
公開月:2023年5月

飯 考行 氏

専修大学法学部 教授

FMサルースで放送された音源をお聞きいただけます。

災害の法社会学

法社会学という学問分野は、先ほどお話ししたとおり、社会現象のひとつとして法をとらえる学問です。しかし、法律分野で災害を扱う研究者はあまり多くありません。不思議なことですが、災害法の研究が少ないのは、一般的な法律学が「主な法令の条文解釈」を中心としていることの反映と思われます。しかし、実際に生活している私たち市民にとっては、いつ災害になるかわからないので、「被災前後にどういった関連する法があるのか」「救済を受けられるのか」などの疑問や関心が少なからずあると思われ、市民生活のうえで災害に関わる法規は非常に重要なはずです。実際の法律学の研究者、実務家の対応が追いついていないのが現状と思います。

災害に関連する法と申しましても様々なものがあり、「日常対応の主な法制度」と「非日常対応の主な法制度」の2つに大きく分かれます。「日常対応の法制度」は、その名のとおり私たちが日頃暮らしている時に関わる法です。憲法では「基本的人権」や「財産権」が保障されており、民法では「損害賠償請求」あるいは「土地に関する所有権」や「相続」の定めがあり、刑法ですと「窃盗罪」のほか、東京電力の役員が福島第一原発事故の関係で起訴された業務上過失致死傷罪なども関わります。裁判になりますと、民事訴訟法や刑事訴訟法など、日常生活に関わる法が、災害後の裁判でも用いられます。生活保護法は憲法25条の生存権に関わる法律です。災害と日常の境目にあると言えるのは建築基準法です。元々、戦後、福井地震を契機にして、建物の安全性を見直すため1950年に出来た法律で、1981年に改正されています。1978年の宮城県沖地震を契機に、震度5強程度に耐えられる従来の基準のから震度6強相当へ耐震性を強化したもので、その後も改正が重ねられています。

そのほかに、非日常対応の災害に特化した法制度としては、ご承知の方も多いと思いますが、「災害救助法」「災害対策基本法」「災害弔慰金の支給等に関する法律」「被災者生活再建支援法」「被災ローン減免制度」など、実際に災害に遭われた方に対して様々な物資を提供しいくばくかの金額を支給するものなどがあります。

「災害救助法」により避難所・仮設住宅の供与や様々な物資が提供され、「災害対策基本法」で災害発生時の被害の最小化、迅速な回復に役立つような防災会議・防災計画や罹災証明書発行などが規定され、災害弔慰金では自然災害によって死亡した方の遺族に提供される弔慰金が生計維持者の場合は500万円、それ以外の方は250万円支給されます。「被災者生活再建支援法」では、住宅が全壊や大規模半壊などと大きく損傷したと判定される場合に、最高300万円まで再建を含めて金額が支給されます。また「被災ローン減免制度」は、車や家のローンをお持ちの方が災害に遭って重ねて新たにローンを組む場合に返済金額を減免できる制度で、東日本大震災後に作られたものです。

以上のような法制度は、そもそも「知らないと」、また「申請しないと」、お金や支援は受けられません。法社会学の視点からは、実際にこれらの災害に関する法制度が「どのように運用されているのか」「救済が実効的になされているのか」「そもそも認知されているのか」「利用状況はどうなのか」「地域社会の中でどのように使われているのか」など、社会の実態との関わりで把握し、必要な改善をはかることが、重要になります。

津波裁判

東日本大震災後、亡くなった方、行方不明の方と災害関連死の方を含めて2万人以上の方が命を落とされました。これらの方々は、津波による被災などを原因として直接あるいは関連して亡くなられたということです。家族が落命したのは避難誘導の誤りや防災無線が鳴らなかったことなどに原因があるとして、学校・企業・施設・行政等に対して損害賠償請求の裁判が起こされました。このような死亡事案の津波裁判は、私の確認する限りで16件あります。岩手県3件、宮城県13件です。2万人余りの犠牲者がいる割に、16件が多いのか少ないのかは、判断が難しいところです。国際学会の報告で私がこの裁判の件数を口にしたところ、海外の研究者から「どうしてそんなに裁判が少ないんだ」と質問を受けました。海外だったらもっとたくさんの裁判が起きるのかもしれません。

この裁判の少なさにはおそらく色々なことが関わっています。法社会学では「日本で民事訴訟率が低い理由は何か」が有名なテーマです。このことは、そもそも日本人が裁判を嫌うという心理的な傾向を持っているため、あるいは、「裁判にお金がかかる」「時間がかかる」といった物理的な原因によるなど、様々な説があります。私としましては、お金や時間などの物理的な理由が大きいと思っていたのですが、東日本大震災後に被災地を訪問し、裁判を起こした方にインタビューしたところ、周りの人から「裁判するなと言われた」、「うちの地域は出る杭は打たれるような風土だから」など、裁判を起こすこと自体を心理的に躊躇したという話を聞きました。行政や大企業などを相手に訴えることは、自身の仕事と関わりがありまたは関連の役場や企業に勤めている人が親類などにいる場合は、狭い地域での人間関係への影響を考慮して控えることもあったようです。

実際の津波裁判では、いわゆる勝訴(請求認容)は少なく、和解や請求棄却で終わる事例が多くありました。ご遺族が裁判を起こす理由としては、「事故の原因を解明したい」「法的責任を認めて欲しい」「謝罪してもらいたい」「事故の再発防止につなげたい」など、必ずしもお金目当てではないことが私の聞き取りの知見ですが、とりわけインターネット上では「家族の命をお金に代えるのか」などの中傷が多く、ご遺族へのバッシングが広く見られる残念な状況がありました。

裁判を受けることは、憲法32条で保障されている基本的人権の一つですが、実際には被災地で裁判を起こす人に対する非情な中傷や、インターネット上でのバッシングに近いものがあり、場合によっては原告遺族が殺害予告を受けるなど、裁判を思いとどまらせる社会の動きがありました。法社会学的に津波裁判はさらなる検討を要するテーマと思われます。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改定して掲載しています。

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