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防災インタビューVol.9

自分の命、家族の命を守るためにできること

放送月:2004年1月
公開月:2007年4月

目黒 公郎 氏

東大生産技術研究所 教授

建物の強度の重要性

今、私はイランの首都テヘラン市の総合防災計画を作るというJICAのプロジェクトのアドバイザー委員会の委員長をしています。その関係で、昨年末にイランに行って来ました。私が仕事を終えてイランから日本に発ったちょうどその日に、イランのバムで地震が発生し、大きな被害が出ました。私自身は、地震の揺れを感じていないのですが、非常にびっくりしましたし、改めて地震対策の重要性を痛感しました。

組積造建物モデル

この地震の特徴は何かと言いますと、まずマグニチュードが6.3だったということです。これはそんなに大きなマグニチュードではありません。日本では毎年数回程度発生している規模の地震です。震源が浅かったということで、局所的にはそれなりに強い揺れがあったとは思いますが、広域に激しく揺れたということはないと思います。ところがあの地震で2万人とも、4万人以上とも言われる方々が亡くなっています。

なぜこんなにも多くの方々が亡くなってしまったのか、私たちはその理由を改めて強く認識しないといけないと思います。それは何かというと、単純に建物が弱かったからです。この地震の被災地域には組積造(そせきぞう)と言って、レンガやブロックなどを積み上げた構造物が多く存在しています。この組積造が地震に対して非常に弱い。その中でも焼成していない、単に天日で干しただけの「アドベ」と呼ばれる粘土ブロック(日干しレンガ)を積み上げた家屋の耐震性が特に低く、これが被災地域に数多く分布していました。この世界で最も耐震性の低い建物を含む組積造が、地震で木っ端みじんになってしまったということなのです。

組積造が何で地震に弱いかと言いますと、材料として粘りが全くないからです。引っ張り強度が低いので、脆性破壊、つまり瞬間的に壊れてしまうので、住人が逃げ出す時間がありません。しかも構造を構成する単位が小さいブロックですから、壊れるときは隙間なくつぶれるために生存空間ができにくい。しかも土系の構造物ですので、壊れる際に大変な土埃を発生するので、幸運に生存空間に逃げ込めた場合にも、呼吸ができないので窒息死したり、気管支を痛めてしまったりするのです。以上のような理由によって、この地震による犠牲者の多くは、地震の直後に建物被害によって亡くなっています。さらに今回は寒い地域の冬の地震だったので、何とか助かった人たちも、余震を恐れて、寒い野外で過ごさなくてはならず、気管支炎等になって、その後に亡くなった方もいました。

ガレキの山と化した民家(長田区)

以上のような死傷者の発生メカニズムからは、被災地域の建物の強度がもう少し強ければ、被災状況が全く変わったことがわかります。犠牲者のほとんどは、建物の問題で亡くなっているのであり、レスキューの問題などで亡くなっているのではないことをまず認識すべきです。

建物の耐震性が高ければ、亡くなる方は大幅に少なくできたのに、なぜ耐震性の低い家に住んでいる方が多いのでしょう。この問題の背景を良く調べ、どうすれば耐震性の低い家を耐震性の高い家に変えていくことができるのかを、技術論と社会システム論の双方から考え、解説策を提案していくことが、今後のポイントだと思います。つまり、対象地域や国の状況を踏まえた、ローカル・アベイラビブルで、ローカル・アプリカブルで、ローカル・アクセプタブルな技術と社会制度を提案していくことです。

防災を実現する3つの対策 ~被害抑止力・被害軽減・再起復興~

旧耐震基準で建てられたマンション(西宮区)

我々が「防災」を実現するための様々な対策は次の3つに大きく分類できます。1つ目は被害抑止力。2つ目が被害軽減、あるいは災害対応力。3つ目が最適復旧・復興計画や戦略と呼ばれるものです。この3つをバランスよく講ずることが、被害の影響を最小化する上で重要です。そのためにはこれら3つの対策を、理学・工学・社会科学・医学、政治家・行政・ライフライン会社、消防・自衛隊・警察、マスコミ・NGO/NPO・一般市民などの、様々な分野の知見の融合や組織の協働に基づいて、地震の前に立案・整備しておくことが求められます。ただし、私は先ほど説明した3つの防災対策の中では、最初の被害を抑止する能力をあるレベル以上高くすることが最優先課題であることを、繰り返し強調しています。理由は、どんなに優れた事後対応システムや復旧・復興戦略を持っていても、直後に発生する建物被害を減らすことは絶望的で、それを原因として多くの死傷者が発生し、それがその後の事後対応で対処しなくてはいけない仕事の量と質を決めてしまうため、どうしても後手、後手になるからです。

ところが昨今の、特に先進国の地震防災などは、どうやってうまく災害時に対応するかとか、どうやって復旧・復興計画を準備するかという事後の「ソフト」対策に注意が行きがちです。もちろん、これも重要です。しかし、ここには落とし穴があります。事後の「ソフト」な対策は、「ハード」の機能が確保されて初めて機能します。「ひとの生命」や「文化財」など、代替の利かないものは、ハードの対策で守る以外にありません。

順番としては、まず最初に、あるレベル以上の被害抑止力を確保すること、その上で、事後対応や復旧・復興戦略を講じていかないと、効果的に被害を減らすことはできないことを、兵庫県南部地震の事例分析から解説したいと思います。

兵庫県南部地震の被害から学ぶべきこと

柱からずれ、一般道に落下した阪神高速道路(西宮市)

地震のたびに、事後対応のまずさが指摘されます。しかし、繰り返しになりますが、いかに充実した事後対応システムを持とうが、地震直後に発生する構造物被害の量を減らす事前努力なしでは、地震被害を抜本的に軽減することはできません。阪神・淡路大震災の最大の教訓は、「激しい地震動で地震の最中から直後に発生した約25万棟の全半壊建物により、直後に5,500人の犠牲者を出したことが、その後に生じた様々な問題の根本的な原因であり、これを減らす努力なしには地震防災はありえない」ということです。言い換えると、地震の後に指摘された様々な問題、すなわち、救命・救出活動の遅れ、延焼拡大と焼死者の問題、避難所や仮設住宅での問題、家屋解体やゴミの問題、復興住宅や生活再建の問題、被災者の心理的な問題や孤独死、膨大な復旧・復興経費の発生などは、建物被害が少なければ、問題としては大幅に小さくてすんだか、顕在化しなかった可能性が高いのです。

兵庫県南部地震では、地震直後から今日までに、6,400余の方が亡くなっていますが、地震から2週間後までには約5,500名が亡くなっています。この中で、神戸市内で亡くなった3,875名の犠牲者の死因や死亡推定時刻を、兵庫県の監察医の皆さんが詳細に調査した結果があります。この調査結果からは、非常に重要な多くのポイントがはっきりしました。

道路に落下した橋架橋(灘区)

地震の発生時刻が早朝の5時46分だったこともあり、犠牲者の約87%が自宅の被害で亡くなっています。死者の年齢別の分布を見ると、60歳以上の方々が半分を占め、お年寄りが多く亡くなっていることがわかります。理由は足腰が弱くとっさの行動が取れなかったこと、住んでいる家が老朽化しているものが多かったこと、足腰が弱いので日本家屋では1階を使われていることが多く、その一階から家が潰れたためです。加えて非常に重要だと思っているのは、20~25歳の年齢層、最も体力が充実し、とっさの行動が取れる年齢層の若者が多数亡くなっていることです。当時の人口を分母として割っても優位に高い比率になっています。この人たちは神戸以外の場所から神戸に来られていた大学生、大学院生、若い働き手たちです。いろいろな理由があったのでしょうが、結論から言うと、安いぼろアパートに住んでいて、それが壊れて亡くなってしまったのです。体力や機敏性が高くても助からなかったということです。若者が安いぼろアパートに住んでいる状況は神戸だけに特有の話ではないので、これは非常に重要な教訓です。それから直接的な死因を見ますと、第一位が窒息死で53.9%、第2位の圧死は12.4%です。以下、それ以外の原因を含め、建物被災を原因として亡くなられている人が全体の83.3%です。残りの死者(16.7%)の9割以上を占める15.4%の死者は火事の現場で発見されています。この中の3.2%は高度焼損死といって、完全に焼け切ってお骨の状態までになってしまった方です。こうなるとさすがの監察医も直接的な死因を特定できないということです。つまり亡くなってから火事に襲われたのか、生きている間に火事に襲われたのかが判別できないということです。火事の現場から見つかった死者(15.4%)から高度焼損死(3.2%)を除いた12.2%の方は生きている状態で火事に襲われたことが分かっています。この話をすると、すぐ「消防の問題だ。消火栓から水が出なかったことが致命的だった。」という人が多いのですが、それは実は間違いです。生きていた状態で火事襲われて亡くなった方は傷んだ建物の下敷きになっていて逃げ出せなかったのです。つまり消防の問題の前に建物が大丈夫だったら、彼らはそこで火事が襲ってくるのを待たなくて済んだということが重要です。

兵庫県南部地震の際には、平常時には1日2件前後しか発生しない火災が、当日だけで100件以上、地震発災から午前6時までの14分間には50件以上の火災が発生しているのです。神戸市は平時の火災に対しては十分な公的消防力を有していました。しかしこのような同時多発の震後火災は、いわゆる公的な消防力の能力を数の点ではるかに超えます。小規模で多数の火災は、市民の自主消火が最も効果的で経済的です。しかし、これも多数の建物被害が原因でうまく機能しませんでした。

建物の全壊率と初期出火率はきれいに比例します。同時多発の震後火災は、直後から大規模なものではありませんが、出火件数が多くなるので、先ほど説明したように、公的な消防力の能力を超えてしまいます。数は多いが小規模な火災では、市民による自主消火が最も効率的な対応になります。しかし神戸の震災では、次の4つの理由からこれがうまくいきませんでした。4つの理由のうちの3つは建物の問題なのです。

1つ目は、建物が多数壊れると被災建物の下敷きになってしまう人が多数出るので、その人たちを助け出さなければいけない。この初期救出も市民に期待される直後対応であり、これを優先するために初期消火が後回しになったのです。2つ目はつぶれた建物の下や中からの出火に対する消火活動は、一般市民には難しく、簡単には消せなかった。3つ目は倒壊建物によって狭い道路や路地が閉塞するので、火災の現場に近づくことが困難だったことです。そして4つ目が、地震の後の火災も平時の火災同様、消防士が来て消火してくれるものと思い、初期消火のタイミングを失ったということ。4つ目は教育で何とか対応できたとしても、残りの3つは建物の問題を解決しない限り対処できないことが分かります。

次に犠牲者の方々がどの時間帯で亡くなったかを説明します。監察医による調査結果では、発災から午前6時までの地震直後の14分間で、実に犠牲者の約92%の方々が息絶えていたことが分かっています。これは補修・補強や建て替えなど、事前のハード対策がない限り、救うことができない犠牲者がほとんどであったことを示しています。地震直後にマスコミ等によって指摘された内閣総理大臣への被害情報の早期伝達の問題や自衛隊の出動体制の問題が仮に解決されていたとしても、直後の犠牲者を救う意味では状況を大きく改善することはできなかったのです。震後火災による焼死者も、そのほとんどは被災建物の下敷きになっていて逃げ出すことができずに焼死されているのです。家が壊れなければ、傷んだ建物の下敷きになって、なす術なく火事を待たなくてはならない状況は回避できたのです。耐震性が高くなると出火率も延焼率も大幅に低下します。消防水利や消火活動の問題の前に、構造物の問題があったことを認識しなくてはいけません。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。