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防災インタビューVol.38

命を左右する災害時避難

放送月:2009年1月
公開月:2009年8月

片田 敏孝 氏

群馬大学工学部教授

HP:http://dsel.ce.gunma-u.ac.jp/

プロフィール

私は、群馬大学で主に防災の研究をやっています。防災の中でも特に避難の問題をやっておりまして、「災害の時にどうして人は逃げないのか」というような研究や、避難をすることによって被害を小さくするための研究をやっています。ですから、平たく言いますと「逃げるのが専門」という非常に格好悪い専門なのですが、災害の時には大事な研究だと思っております。私の研究の対象は逃げることですから、危険に接した人間の行動が専門になります。まず自己紹介を兼ねながら、僕がどうやって防災研究に入っていったのかからお話ししましょう。

私はもともと土木屋で、堤防を造ったり、ダムを造ったり、防災施設を造って地域の安全をつくるという工学的な研究をやっていました。しかし、いくら堤防を造り、ダムを造っても、災害はなくならない。そのような状況の中で「どうやったら犠牲者をなくすことができるのか」「災害があっても1人も亡くならない社会をどうやったらつくっていけるのか」というところから、この研究に入っていきました。

最初は、多摩川が切れて大氾濫したときに、どれくらいの深さで地域が水につかるか、ということを示し、その時どうやって避難をするのか、ということを書いた地図、ハザードマップを作っていました。防災の研究はこれから入ったのです。大学を出てから最初は銀行の研究所に入りまして、お金を貸す際に、この投資がどれだけの効果をもたらすのかという研究をやっていまして、その仕事の延長に、このハザードマップがありました。これを配ったら、どれくらいの人が逃げてくれて、どれくらいの効果があるのかを測ろうと思いました。これが私の防災研究の最初です。しかし地図というのは、しょせん紙切れですから、これを配って人がちゃんと逃げる、そしてその結果として被害がなくなる必要がありますので、要は地図を見た人がどんな行動を起こすのかということを考え、情報に反応する人間の研究をしなければいけなくなったのです。

最初はハザードマップの研究から入り、それがどれくらいの効果があるのかという経済学的なことを研究しようと思っていたら、これが情報と人の関係の研究に入っていく必要があり、特に災害時の情報に対する人の反応、それから事前にハザードマップのような情報を持っている人と持っていない人の行動の違い、このようなところから防災研究に入りまして、もう10年になります。はたと気付いたら、防災研究屋と言われるようになっていました。

危ないと分かっているのに避難できない人々

人の安全を守るという研究の領域ですから、どうやっても最後は人の研究ということになるわけです。私の専門は避難、逃げることであるとお話ししましたが、この研究を始めたら、これがなかなか難しいのです。よく避難勧告や避難指示など、災害時に避難に関する情報が流れます。ところがこういう場合、ほとんどの方が逃げられないという実態ばかりが、あちらこちらで明らかになってきました。

例えば昨年、2008年8月末に日本全国で大変多くの豪雨災害が起こった時がありました。愛知県の岡崎市では、人口37万人全員に避難勧告が出ました。こういった場合でも実際に避難している方は、わずか50人ぐらいです。洪水の避難、津波の避難でもそうなのですが、この避難の問題をやりだすと、実際避難した人のデータがなかなか取れません。現に逃げていないからなのです。明らかに逃げなければいけない危機が迫っているにもかかわらず人が逃げないという実態を、この研究の中で、あちらこちらで目の当たりにするようになりました。もし本当に大きな災害が地域を襲った場合、そこに人が残っているわけなので大変多くの犠牲者が出ます。そこで私は「この避難しない人の心の問題を扱わなければいけない」と思いました。避難勧告が出たとき、人は何を思うのか、そしてどうして避難しないのか。この研究を掘り下げていく中で、防災研究を続けて、あっという間に10年がたちましたが、この間いろいろなことが分かってまいりました。

津波常襲地域となる岩手県釜石市(左)と宮城県気仙沼市(右)

避難しない人の実態を調べていくと「逃げない」という人の気持ちも、もっともかなと思えるような状況がたくさん出てきました。私たち防災の研究者や行政のほうから見ると、「危ないから避難勧告を出したんだから、逃げて当たり前だろう」と思うのですが、その日その時、その情報を受けた人のお話をよくよく聞いてみると案外、「これでは、人は逃げられない」ということに気付いてきました。人は避難しないのか、それともできないのか、その辺はしっかり詰めていく必要があることに気付いてきました。

もちろん、いわゆる避難困難者と言われるような足腰の弱い方々や、最近では外国人のような情報弱者の方々も、逃げられないという枠の中に入ってきますが、そういったことだけではなく、若くてしっかり自分の足で逃げられる人もやはり逃げられないのかもしれない、と思うようになってきました。

避難勧告が出ても人が逃げられない、これはどういうことかと、ちょっと不思議に思われるかもしれません。例えば津波の危険地域の話をしますと、沿岸部の津波の危険な地域というのは、いわゆる常襲地域という、いつも津波の被害に遭っている所です。もし、ここで避難勧告、もしくは津波警報が出て、避難勧告が出たとします。当然みんな逃げなければいけないことが分かっているにもかかわらず、でもやはり逃げていなのです。どうしてなのかと最初は不思議だったのですが、何人もの人と会話をし、その日その時の状況を、お話を伺っていくと、いろいろなことが分かってきました。例えば私がよく研究で行っている岩手県釜石市は、三陸沿岸で津波の常襲地域ですし、三重県尾鷲市も紀伊半島で津波の常襲地域なのですが、ここの皆さんはもちろん津波のことを大変心配しておられますし、逃げなければいけないこともよく分かっています。そこで避難勧告、津波警報が出た直後に行って、住民にお話を聞きますと「逃げなきゃいけないとは思っていたんだけれど前も大丈夫だったので、今回はその時なのかということをどうしても確かめたくて、地震のすぐ後に一斉にテレビやラジオのスイッチを入れ、津波警報が出るかどうかということに非常に関心をもってテレビの前に座っていた」ということです。本当は、津波はごくわずかな時間の間に来てしまう所も多いので、大きな揺れを感じたらすぐに逃げなければいけないのですけれども、心配がゆえに、そして津波の前には必ず情報があるという大きな情報依存の心の中でテレビの前に座り、津波が来るのか来ないのか確かめている間に逃げるタイミングを逸してしまう、こんな構造がベースとしてあるのだということが分かってきました。

2003年5月宮城県沖の地震時の住民意識と避難行動

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改定して掲載しています。

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