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防災インタビューVol.41

災害からいのちと暮らしを守るために~災害救援NPOの現場から

放送月:2009年5月
公開月:2009年11月

栗田 暢之 氏

レスキューストックヤード代表

レスキューストックヤードHP:http://rsy-nagoya.com/

プロフィール

私は名古屋を中心に活動しているNPO法人レスキューストックヤード代表理事の栗田と申します。1995年に阪神大震災の際は、この団体はなかったのですが、私は名古屋市内のある大学の職員をしておりました。その当時、社会福祉学部の学生が、普段でも不自由な生活を強いられている障害者が、被災してさらに二重の苦しみを受けた生活を強いられているという報道を聞いた時に「被災地に行って応援したい」という声が上がってきました。ちょうどその時、私は学生のよろず相談というような窓口に立っておりました。学生たちが支援に行きたいということに対して、社会福祉学部を持つ大学の使命としても「これはやはりちゃんとして活動したらどうか」という学長の決裁もありましたので、約2ヶ月間、現地に拠点を構えて活動をしたのが、この活動のスタートでした。その時、私はまだ本当に素人で、むしろ学生にいろいろ教えてもらいました。阪神大震災の時は、本当に学生たちはよく頑張りました。

それから14年たちまして、今まで私がかかわった災害現場も30カ所ぐらいありますが、阪神大震災の学びをそれらの場で生かして、災害ボランティアがどうやって被災者支援をしていけば被災者がより救われるかとか、あるいは私たちは最初、災害が起こってからボランティア活動を頑張ってやってきたのですが、そもそも災害が起こる前にきちんと備えなければいけないのではないか、ということに気付きました。現在は地域防災力を高めるためにはどうしたらいいか、あるいは最初に阪神の被災地に足を踏み入れたきっかけとなった災害時要援護者の問題、そういう課題についていろいろな活動をしている団体の代表理事をしています。

被災地にかかわればかかわるほど課題の奥深さが分かってきて、こちらが支援をするつもりで行っていたのですが、実はそれは自分たちの問題ではないかと思い始めました。私は名古屋で活動していますが、阪神大震災の前にも東海地震の危険性について、随分前から言われていました。実際に、それが人ごとではなく、自分のこととして考えた場合に「それでは、これから、どう備えていけばいいのか」ということに非常に興味を持って活動を続けているところです。

私は普段は「地域防災力をどう高めるか」といったような行政委託を受けたり、あるいは災害時要援護者の課題について、内閣府が「避難支援プランを作りましょう」といったような課題を全国の自治体に突き付けているのですが、プライバシーの問題があって、なかなかうまくいかない場合に、現場に入って行って、少しお手伝いをする、というようなことをしています。

昨年6月に岩手宮城内陸地震がありましたし、名古屋でゲリラ豪雨があり、大変な被害がありました。そのような緊急時には、私たちもボランティアとして現場に出掛けていって、できる限りの支援をしていく活動をしています。

災害ボランティアとは…

私の原点は災害ボランティアですが、この災害ボランティアについて少しお話しさせていただきたいと思っています。災害ボランティアというと、大災害に遭ったときに介護をしたり、救護をしたり、家具を動かしてあげたり、炊き出しをしたりという作業をしに行くイメージをお持ちかと思います。いわゆる「作業をしに行く」というイメージが災害ボランティアの主流を占めているかもしれませんが、実はこの14年間たってやっと分かったことなのですが、一番大切なことは、作業の前に被災者の方の話を傾聴するということだと思います。被災者のそばにいることだけでも力になる場合もあります。被災者の方々は家を失ったり、あるいは最悪の場合は自分の大事な人を失っているわけです。そういう方々に「何かやることはありませんか」と声を掛けるのではなく、そばにいて「大変でしたね」とお声掛けをしながら、人間関係を少しつくっていくことが大切です。「実はこんなにつらい思いをしているんだ」というようなことを、ぽつぽつと話されたときに、それをしっかり聴いて、それに従って私たちは動いていかないといけないのではないかと感じています。

水害現場などでよく思いますが、自分の家の中に、玄関や扉を突き破って土砂が入ってきます。行政は、やはり公平平等が原則ですから、それぞれの家の片付けというのは、基本的にはその家の人がやらないといけないわけです。地縁血縁の関係の中で、親戚一同に来てもらって大掃除をしたり、あるいは地域の方々が総出でその作業をするといったことも、もちろんありますが、例えば、後期高齢者のご夫婦のお住まいであったり、お一人暮らしのお住まいであったりしますと、自分でやりなさいと言われてもできません。そういった状況をボランティアがしっかりと聴いて、「ちょっと片付け始めませんか」という声掛けをして、スコップ片手に片付けていきます。ひとかきひとかきやっていきますが、たんすや冷蔵庫がひっくり返って、その土砂に埋まっています。このような家財道具は、私の一番嫌いな災害用語で”災害ゴミ”と呼ばれているのですが、決してゴミではありません。昨日まで大事に使っていた家財道具が、そういう無残な姿になってしまっていて、ボランティアが取り出したドロドロの紙切れ1枚が、たった1枚の思い出の写真かもしれないわけです。そうするとボランティア側の姿勢としましては、そういうドロドロになったものを早く片付けるというよりは、その被災者に寄り添って「大変でしたね」と声を掛けながら、場合によっては処分するものと、あるいはとっておくものと、思い出を一緒に整理してあげるような、そんな現場が、実は水害ボランティアの現場です。

私たちはどちらかというと「何かしてあげる」という思いで現場に行くのですが、まずはその人たちなりの思いをしっかり聴いて、会話も逆に楽しみながら、少しずつ少しずつ片付けをしていく、ということがすごく大事なことだと思います。いわゆるお掃除をすることが目的ではなく、「もう一回、明日から頑張ってやるか」というような気持ちを、もう一回被災者の方に思い起こしていただけるようなサポートをすることが、一番大事な点だと私は思っています。

通常、水害現場ですと、作業ボランティアとして活動する若い屈強な男たちが、どうしても必要だというイメージがあります。しかし、たんすの引き出しなどを整理していますと、おばあちゃんの肌着などが出てくるわけです。女性は幾つになっても、こういうものを男性に見られるのを嫌がりますので、作業をするグループには必ず女性もいるわけです。そうやってグループにはバランスよく男女を配したり、あるいは若い人たちだけで行っても、なかなか話が合わない場合がありますから、年齢もさまざまな方を入れることが必要です。災害時には老若男女問わず支援できることはあるので、もし何かあった場合には、自分たちでも何か役に立つことが必ずあるということを思い出していただき、ぜひボランティアを体験していただきたいと思います。

ゴミと呼ばないで(2000年東海豪雨水害)

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。