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防災インタビューVol.109

市民の危機管理と住民の責務 ~地域コミュニティーを通じ、平時から備える~

放送月:2014年10月
公開月:2015年5月

中澤 幸介 氏

新建新聞社取締役 リスク管理ドットコム編集長

プロフィール

私は新建新聞社で「リスク対策.com」という雑誌の編集長をしている中澤幸介です。「リスク対策.com」というのは聞き慣れない雑誌名かと思いますが、主に企業向けの防災を専門に2007年に創刊して丸8年、2カ月に1回ずつ定期的に出しています。企業の防災から始まって最近ではBCP、ビジネスコンティニュイティプランという、企業の事業をどうやって継続させるのかをフォーカスした特集を毎回、伝えています。現状では発行は5000部ほどですが、読者の80%ぐらいは、主に上場しているような大きな会社の方々です。まだまだ中小企業のレベルまでは読んでいただいていないのですが、主に防災部門を持っている会社、あるいはBCP部門を持っている会社、経営企画部で読まれています。

建設の業界紙から防災紙へ

私が今所属している新建新聞社は、建設の業界紙の会社です。建設の業界紙は、建設業の衰退とともに厳しくなっているという状況にあり、これは全国どこでも同じです。日本はバブル崩壊までは建設は非常に景気が良かったのですが、その後どんどん公共事業が少なくなってきました。わが社も長野に本社があり、長野オリンピックまでは建設の景気は非常に良かったのですが、その後どんどん工事の量が少なくなってくる中で「媒体として、社会にどんなお役に立てているのだろうか」と考えるようになりました。建設の市場が小さくなっていく状況で、建設の業界紙を出しているだけでは、なかなか社会のお役に立てていないのではないか、建物を建てるまでのミッションとは別に、建物を建てた後に社会のお役に立てるような媒体が作りたいという思いがありました。

現在、私は新建新聞の取締役として会社の経営に携わっていますが、2001年当時、建築業界の景気の衰退を打破するために「地域活性化まちづくり新聞」を作れと会社から命じられました。地方経済そのものを元気にするためには、いろいろなまちづくり活動をやっていかないと建設業そのものも成り行かないということで、まちづくり活動を訪ねて全国各地を飛び歩きました。例えば四国徳島県上勝町では、おばあちゃんたちが料理に添える「つま」という葉っぱを採ってビジネスにしているとか、お隣の高知県馬路村では林業が衰退する中、地域の名産である「ユズ」をいろいろなものに加工して、これを地域ビジネスとして活性化しているというものがあります。このような事例を探して全国100カ所ぐらい飛び歩いている中で、一つ気付いたことがありました。それは活性化している地域というのは、まちづくりと同時に防災や福祉、防犯のことをよく考えているということです。それを見て「防災や防犯に取り組めば、逆に地域の活性化にもつながるのではないか」ということで、社会貢献の在り方の一つとして、防災を切り口にした専門誌を作ってみようということに至りました。

「リスク対策.com」創刊

「リスク対策.com」を創刊したのは2007年の5月です。中途半端な時期だと思われるかもしれませんが、この年は、ちょうど阪神淡路大震災から12年がたった時で、十二支の亥年に当たっていました。3.11が起きる前の当時は、亥年は非常に災害が多いと言われており、阪神淡路大震災もそうですし、災害対策基本法という国の防災の一番柱になっている法律ができたのも、亥年に起きた伊勢湾台風がきっかけでした。また関東大震災や、古くは宝永の富士山の噴火に至るまで亥年に起きていたということで、ひょっとして2007年も災害が多い年になるのではないか、このようなタイミングで防災の専門誌を出すことも意義があるではないかということで創刊しました。

創刊を決めた2007年2月から編集の準備を進めていたのですが、3月に三重県で比較的大きな地震があり、その後、創刊直後の5月に能登半島地震が起きました。7月には、皆さん記憶に新しいかもしれませんが新潟県中越沖地震が起きて、自動車部品メーカーのリケンが被災しました。この会社では自動車のエンジンのピストンの先端に付いているピストンリングという部品を造っており、国内シェア50%以上を誇る大きなメーカーだったのですが、ここが被災したことで全国の自動車産業が全部止まってしまうという事態になりました。私どもは「リスク対策.com」の創刊当初から「BCP」を売り言葉にしていましたが、この事態をきっかけに非常に多くの方に「BCP」に注目していただくことができたというのが、創刊の時のエピソードです。

創刊してから私どもの雑誌は、その特性上、「災害がないと注目されない、災害があると注目される」というタームをずっと繰り返してきているのですが、2009年には「新型インフルエンザ」があり、このように考えてみると、危機というものは定期的に必ず襲い掛かってくるものだと、あらためて感じているのが正直なところです。それと同時に、私どもは単なる出版物や本を出すのではなく、定期的に皆さんに何か訴えられるものを出さなければいけないという思いで、雑誌という形態を考えてきたことが本当に良かったと思っています。災害がなくて注目されず見てもらえなくても、定期的に「こういう備えができているのか」「こういうことが起きたら大丈夫なのか」と問い掛けていくことで、皆さんのお役に立てればと思っています。「災害に備えて平時にどれだけ考えられるか」が災害の被害を小さくする一番の大きなポイントだと思います。そういう意味でも、注目されていなくてもやり続ける、見てもらえるような工夫をもっとしていければと思っています。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。