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防災インタビューVol.174

記者の目から見た災害時のメディア

放送月:2020年3月
公開月:2020年7月

杉浦 美香 氏

編集者・ライター

FMサルースで放送された音源をお聞きいただけます。

信頼の上に築く情報伝達

東日本大震災の後、私が産経新聞山形支局長として赴任していた山形県は、原発の放射能の関係で福島県から避難されてきた方が全国の中でも最も多くいました。この原発の問題が発生後、8月頃から子どもを連れて自主避難して来るお母さんたちがどんどん増えてきました。この方たちに取材をして思ったのが、「政府が言っている放射能のリスクについては、全てうそ。デマだ」と思われていた方が非常に多いということでした。放射能のリスクをどのように伝えたらいいかというのは、とても難しい問題なのですが、どんなに科学的な説明をしたとしても、いわゆる、どこまでがリスクなのかということが伝わりません。当時の枝野官房長官が、「ただちに影響を及ぼすものではない」という言葉を連発していましたが、これは「ただちに健康に影響があるわけではなく、将来にわたっても影響があるわけではない」と捉えるのか、「ただちに健康に影響を及ぼすものではないけれど、将来については分かりません」と捉えるのか、これはどちらでも取れてしまうものの言い方です。そのような言葉で政府が発表しているわけですから、「政府の言うことは全て隠蔽体質による情報ではないか」と捉えられがちになりますし、例えば「何ミリシーベルトなので大丈夫」と言われたとしても、「それは政府が勝手に誘導しているのではないか」と思われてしまったのではないかと思います。

例えば、新聞で科学的根拠に基づいてデータの数値を示して説明しても、子どもを抱えたお母さんたちには伝わらず、頭ではそう言われたと分かっていても、「やっぱりこれはうそじゃないの」というふうに思われてしまいます。放射能というのは特別な感情を呼び起こすものだとは思いますが、数字を並べるだけでは伝わらない、このリスクをどういうふうに伝えていくのがいいのかということは、メディアにとっても、政府にとっても、科学者にとっても、本当に難しい問題ではないかと思います。

実際、とても仲が良く、ご家族とも付き合いのあった避難者の方からある写真を見せられました。それは、小鳥にできものができている状態の写真だったのですが、その方は、「福島で放射能の影響によって、この鳥にはこういうできものができたんだ。だから福島には帰れないんだよ」と本当に真剣に言っていました。正直なところ科学的な根拠がない1枚の写真をもとに話されており、「じゃあ、これはどこから入手したんですか」と聞くと、自分の信頼している知人からの情報であると言われました。信頼している人が発信した情報なので、それをそのまま信じているわけなので、それを覆すことは科学の力ではできないのです。それは信頼している方が発信するからこそ理解してもらえるものであって、例えば「これはこのシーベルトで言うと大丈夫ですよ」と言っても聞く耳を持ってもらえません。

政府もそうですし、他のメディアなどでも、「科学的な根拠に基づいて言っているから理解してくれるんじゃないか」「科学的根拠を理解していない人は、分かってくれない。それは理解できない方が悪いのではないか」と思いがちなのですが、実はそうではなくて、まずは相手との信頼関係をつくってからでないと、きちんとした情報は伝わらないと思いました。

災害の際に持って行きたい「奇跡と希望」

私は、記者生活の中で3つの大きな地震、阪神淡路大震災、東日本大震災、北海道胆振東部地震に出会い、特に北海道の地震の後には、関心を持って勉強するようになりましたが、先日、知床に継続的に行った際に、避難訓練にも参加させてもらいました。知床というのはウトロ世界遺産もあって、非常に風光明媚な場所ですが、山が切り立って海に近く、その上、冬に津波が起きると流氷が飛んでくるという、災害が起きたときには非常にシビアな場所です。そこで真冬に知床で雪かきのボランティアをして、そのボランティアの方たちと地域の人たちで津波を想定した災害防災訓練をしていまして、私も実際に参加してきたのですが、そこで非常に印象的なことがありました。「津波が起きました、皆さん避難しましょう」という想定で、高台の所まで避難訓練をして、その後、集まった住民の人たちがグループごとに「あなたは、もしこういう大きな地震があったときに何を持って行きますか?」というテーマで話をして発表しました。皆からは、「水、携帯、おばあちゃん、猫」などの言葉が出てきたのですが、小学校3年生の男の子が言ったのが、「奇跡と希望」という言葉でした。「奇跡と希望?なんで?」と非常に不思議に思いました。その男の子に「なぜそう言ったの?」と聞くと、「災害のときに奇跡を信じる心があって、希望を持たないとやっぱり生きていけないからだよ」と答えました。何でそんな言葉が9歳の男の子から出てくるのだろうと本当に驚きました。

彼はまだ9歳ですから、東日本大震災を実際に経験したわけではなく、災害としての大地震を体験したわけでもないのですが、知床という地域は非常に孤立しがちの所で、胆振東部地震のときに北海道ではブラックアウトになったのですが、知床ではその数日前から風が強くて、実際に既に停電になっていて、ブラックアウトの前に停電だったということです。この地域では、停電ということがそんなに珍しいことではなくて頻繁に起こるし、いわゆる幹線道路が通れなくなってしまって孤立してしまうということも多く起こります。常にそういう状況にさらされている中で、子どもは自分自身でどうやって生きていくかということについて考える力があるのだと感じました。それだからこそ誰に教わるということもなく、「奇跡と希望」という言葉が避難訓練の場で出てくるのだと分かり、そのことに非常に感動しました。子どもが自分自身で深く考えていることを知って、本当に希望が持てました。それと同時に、どんなに大変な災害が起こったとしても、まずこの子たちを生かさなければいけないと感じました。生きていく力がある子どもたちだからこそ、知床に限らず他の地域でも避難訓練を含めた中で、その力をさらに培っていくことが必要なのではないかと思っています。

※今回のインタビュー記事は、東急電鉄の協力のもと、「FM salus」が過去に放送した『東急建設 presents 「サロン・ド・防災」』の内容を、一部改定して掲載しています。