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防災インタビューVol.202

災害イマジネーションと防災

放送月:2022年7月
公開月:2022年10月

目黒 公郎 氏

東京大学教授

FMサルースで放送された音源をお聞きいただけます。

私は、災害で困る人をなるべく少なくしたいと思って研究に取り組んでいます。災害対策には、主として構造物の性能をアップすることで被害を減らす対策としてのハード対策と、市民への防災教育や避難訓練の実施、土地利用規制などによって被害を減らすソフト対策があります。このハードとソフトの対策をうまく組み合わせることで、効率的に被害を減らすとともに、災害というタイミングを使って、地域の潜在的な課題を解決する方法を研究しています。また日本だけでなく海外も対象に研究を行っていますが、これは、日本の特殊性や一般性の理解が深まり、日本だけを対象にしていたのでは気づけなかった視点からの防災対策の研究が可能になるからです。そしてさらに、事前対策と事後対策、公(おおやけ)と私(個人)の視点、すなわち、公助の視点からの防災対策と、個人や法人、そのグループが関わる自助や共助の視点からの防災対策も合わせて研究しています。効果的な防災対策の実現には、様々な視点からのアプローチが重要だと考えているからです。

分野の細分化による効率化と見落とし~災害対策の研究~

私がこの番組の第1回目に出演させていただいたのは18年前でしたが、その際には、主に阪神・淡路大震災についての教訓をお話ししました。とにかく建物の耐震性の向上がなくしては地震防災が成立しないことを訴えたわけです。その後、研究者たちは、この教訓を含め、地震被害を最小化するための研究を効率よく進めるために、分野を絞って深掘りしていきました。この方法は他の多くの研究分野でも広く用いられる効率の良い方法なのですが、みんながこれをやってしまうと、個々に深掘りした分野と分野の間に、取り残された隙間ができてしまいます。この隙間に関しては、みんなが互いに「誰かがやるだろう」と思っているが、実は誰もやっていないことが結構あるのです。

東日本大震災後に顕在化した問題の多くは、細分化された分野の間に取り残されていた課題が原因となって発生し、それが連鎖することで大きな問題になったものが多いと感じます。全体を俯瞰して総合化していくことが不十分だったという意味です。また、われわれ研究者や技術者、さらに政治家や災害に関連する様々な人たちの自然に対する謙虚さが足りなかったと思います。あるいは自分たちの知識や技術を過信し、盲信していたことも反省すべきです。

災害に関するインプット、システム、アウトプットの関係と効果的な防災対策を実現する3つの条件

災害のメカニズムや防災を考えるときは、「インプット→システム→アウトプット」の関係で考えると理解しやすいと思います。まずインプットは、物理現象としての地震や台風そのもの、洪水であれば降雨量そのもので、これを英語ではハザードと呼びます。このハザードがあるシステムに入って、何らかのアウトプットを出すわけですが、ここでのシステムは私たちが対象としている地域の特性で、これは自然依存の自然環境特性と人間絡みの社会環境特性(人口分布やインフラの特徴から始まって、政治・経済・文化・宗教・歴史・伝統・教育・法制度など)の2つから構成されています。この2つが決まると、次に相対的に重要になってくるのが時間的な要因です。日本のように四季があれば、同じハザードが夏に襲ってくる場合と冬に襲ってくる場合ではアウトプットが大きく変わります。ウイークデイとウイークエンドでも変わるし、1日の中でも、例えば早朝の地震と夕刻の地震では、地震の後に明るい時間が10時間待っているのか、暗い時間が10時間待っているのかによって、状況は大きく変わります。この関係をきちんと理解する必要があります。アウトプットとしては、物理現象だけでなく社会現象もあり、これらがある限界値を超えたときに初めて災害や被害になります。

上記のようなメカニズムを踏まえて、私が適切な防災対策を立案・実施するために何が重要かを説明する際にいつも言っているのは「1.敵を知る。2.己を知る。そして、3.災害イマジネーション」です。1番の『敵を知る』の敵は2つ、2番目の『己を知る』の己は3つです。2つの敵とは、先ほど説明したインプットとアウトプット、つまり、ハザードと災害です。そのインプットから発生するアウトプットを知るにはシステムの理解が不可欠です。なので、3つの己の最初の己は、自分が住んでいる地域の特性です。2つ目は自分が所属している国、都道府県、市町村の力、つまり行政の能力です。この理解に乏しい市民は、何でもかんでも行政にお願いしますが、時間と資源的な制約があるのでそれは無理です。そして、3つ目の己は自身自身のことです。自分自身の力を知らない市民は、やれば簡単にできることもやらないでいて被害を拡大させてしまいます。以上が、3つの己、自分の地域特性、行政の力、そしてご自身の力を理解することが大事な理由です。そして、その次が災害イマジネーションです。インプットとアウトプットを理解した上で、ハザードが襲ってきた際に、発災からの時間経過とともに、自分の周りで何が起こるのかを正しく想像する力、これを災害イマジネーションと呼びますが、これが適切な防災対策を立案し、実施する上で一番重要です。なぜならば、人間は自分が想像できないことに対して、備えたり、対応したりすることが絶対にできないからです。そこで私は、災害状況を適切に想像する力をみんなで持ちましょうと訴え続けているのです。

2つの敵と3つの己を理解した上で、適切な災害イマジネーションを持つことができれば、現在と将来にわたる自分たちの問題や課題が理解できるので、その評価結果に基づいて、2本の長さの違う物差しを使って適切な対策を適切なタイミングで実施することが可能になります。ここで言う長さの違う2本の物差しというのは、一つは、時間と空間を大きなスケールで測り、ぶれない方向性を示す物差しです。もう一方の短めの物差しは、長い物差しだけでは具体的に何をやったらいいか分からない人たちのために、より具体的な方法として「こんなことをやったら、こんないいことにつながるよ」ということを具体的に示してあげる物差しです。しかし、この短い物差しだけで対策(局所最適解として対策)を繰り返すと、全体最適解からずれていくことが多く起こるので、長短の2本の物差しをうまく組み合わせていくことが大切なのです。こうすることによって、長期的かつ広域的にも効果の高い対策を効率的に実施することが可能になります。

数値で表す耐震化率の落とし穴

以前から、地震被害の軽減のためには建物の耐震化が最重要であることを私は繰り返し言ってきました。また、具体的な数値目標を立てて、みんなで競い合いながら耐震化を進めることも、いい方法だと考えてきました。同様の考えに基づき、国は耐震化の数値目標として、耐震化率を掲げました。これは分母としては建物全体の数、あるいは世帯数全体です。これに対して分子は耐震性の高い建物数、あるいは耐震性の高い建物に住んでいる世帯数で、この数値を100倍して%で表示しています。この定義自体は問題ないのですが、この値を使って競い合ったことで、どんなことが起こったでしょうか。

ある時期にこの値が急に高くなった地域があったので調べたところ、その地域は大規模集合住宅が急増している地域でした。分母と分子に大きな数値が加わることで、耐震化率が高くなったのです。

ところで、戸建て住宅の多くを占める木造建物は、耐震性指標が1を超えると耐震性が十分と評価され、耐震化率の向上に貢献します。この指標が0.7~0.9くらいの建物を1にするのは比較的簡単ですので、それはある時期比較的進みました。しかし、耐震性が極端に低く死傷者を出しやすい耐震性指標が0.2~0.4などの建物を1にするのは大変です。建物内が壁だらけになるような補強が求められ、住みにくくなるしお金もかかります。指標が0.7~0.9くらいの建物も強い地震動を受けると最終的には全半壊する危険性はありますが、指標値が0.2~0.4の建物とは、壊れっぷりが違います。指標値が0.2~0.4の建物は瞬時に潰れて生存空間がなくなるので、死傷率が圧倒的に高くなります。それを考慮して、1には達しないものの、部分的な補強や過渡的な補強で指標値を0.7とか0.8くらいまで向上させることで死傷率を減らすことを支援してきた自治体もありましたが、そのような支援は耐震化率の向上には貢献しません。そうすると結果的にどうなったかというと、地震による犠牲者の軽減を目的として実施した耐震化率の向上策が、結果的には死傷者の軽減のために最も重要な特に脆弱な建物が取り残される状況を生んだのです。

この問題は、「既存不適格建物減少率」という指標を合わせて定義しておけば、阻止できた問題です。数値目標を定める時には注意が必要です。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改定して掲載しています。

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