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防災インタビューVol.202

災害イマジネーションと防災

放送月:2022年7月
公開月:2022年10月

目黒 公郎 氏

東京大学教授

FMサルースで放送された音源をお聞きいただけます。

今後の防災に向けて~サステナブルな防災~

今後の我が国の防災対策を考える上では、日本の社会環境の実態や変化をきちんと考えることが大切です。現在の少子高齢人口減少の進展や財政的な制約を考えると、今後の防災対策では、従来の防災における「自助、共助、公助」の役割も変化する必要があります。従来は、自助や共助が重要だとは言っても、基本的に日本の防災は、国、都道府県、市町村の行政が公金を使って推進する公助が主でした。しかし、今後は、従来の公助の割合を維持することは不可能です。ゆえに、公助の不足分は自助と共助で補う必要がありますが、従来のように、その主体である個人や法人の「良心」に訴えかける防災対策は限界です。このスタイルでは、1回はお付き合いで取り組んでも継続は難しいし、災害が起こらないと防災対策の効果は分からないものになってしまいます。

私は今後の防災対策の推進においては、次のような2つのキーワードを掲げています。防災対策の「コストからバリュー」の意識改革と「フェーズフリー防災」という考え方です。従来は行政も民間も防災対策をコストと見なしてきたので、1回やったら終わりで、継続が難しい。もう一つは時間的にも空間的にも非常に限定的な現象である災害時にしか効果のない対策への投資は難しいということ。これからの防災は「平時の生活の質(クオリティオブライフ)を高めることが主目的で、それがそのまま災害時にも有効活用できる」という有事と平時を分けない「フェーズフリーな防災対策」とすることです。

フェーズフリーでバリュー型の防災対策は、災害の有無に関わらず、対策を実施している人や組織、そして地域にバリュー(価値)をもたらすものですから、継続性も生まれるし、投資しやすい環境も整えやすくなります。このような考えに基づいて、魅力的な防災ビジネスの市場を国内外に作り、それが社会貢献度が高く、高収入なビジネスになれば、おのずと若い優秀な人たちが防災対策に関わってくれるようになります。こういう環境を作らない限り、公助が目減りする中で今後の日本の防災対策は成り立たないと私は考えています。

一方で、公助も変質することが求められています。従来の行政が公金を使って実施する公助から、自助や共助の担い手である個人や法人に、積極的に「防災対策をやりたい」と思ってもらえる環境づくりとしての公助です。

上記のような防災における社会や人々の認識を変え、大きな課題の解決を目指す上では、次のような姿勢が大切です。現在残っている重要な課題に取り組む上で、「難しい」とか、「できない」と言って解決をあきらめること。そもそも現在、重要な課題として残っている問題の解決策が簡単なはずはありません。簡単であれば、過去に誰かが解決しているに決まっているからです。また、それを「やらなくていい理由」や「やりたくない理由」探しを始める人もだめです。「前例」の有無を問題視する人も出ることがありますが、これもダメ。これまでにないアプローチをするわけなので、前例がなくて当たり前です。もっと言えば、全てのものが最初には前例がないので、作ればいいだけのことです。何か新しいことに取り組む際には、ネガティブな指摘をする前に、どう取り組んでいけば前進するかを考えるべきです。

防災市場を魅力的なものに

すでに説明したように、日本の社会情勢を考えた上で今後の防災対策をサステナブルに進めるためには、魅力的な防災市場を実現する必要があります。私はこの考えに賛同する個人や法人、行政の皆さんと一緒に、新しい防災ビジネスや対策を考える研究会「防災ビジネスを創造し育成する研究会」を20年近く主催しています。結果として、新しい防災ビジネスを考える会社や防災対策を考える行政もたくさん出てきていますし、私の教え子の中からも大手の会社で防災ビジネスを始めたり、自ら起業したりする人が出てきています。

皆さんも興味があれば、ぜひ私の研究会に参加していただきたいです。さらには東京大学では、防災研究を一生懸命行うとともに、その成果を踏まえた防災教育プログラムの作成と実施にも取り組んでいます。2021年には、「災害対策トレーニングセンター(DMTC)」を設立し、2022年からは実際に教育プログラムを開始しています。現在、基礎コースを開講していますので、ぜひインターネットで検索し、受講していただきたいと思います。既存の防災教育プログラムの中では最も充実した内容を有するプログラムの一つと確信しています。

皆様には、DMTCのようなプログラムを利用したり、独自に勉強したりして、災害状況を正確に想像する力(災害イマジネーション)をぜひ身に付けていただきたいです。適切な防災対策の立案と実施には、災害イマジネーションが不可欠だからです。政治家の皆さん、行政職員の皆さん、マスコミの人たち、われわれ研究者も、そして一般市民も、それぞれの立場で求められる災害イマジネーションをきちんと持つことが、適切な防災対策を推進する上で最も重要なポイントだと思います。

災害イマジネーション不足を原因として、防災対策とか危機管理を議論する際に、私たちはすぐ、会社や公の立場での議論をしがちです。しかし、自分が被災したのでは対応できませんし、家族が瀕死の状態でも同様です。ゆえに、防災対策や危機管理対策の議論では、まずは自分の対策、そして家族、次に地域や仲間の対策を一定レベル実施しておかないと、いくら会社や公のことを考えて準備していても、そこに到達する前に、もっと手前の問題でそれが実施出来なくなってしまうことを理解する必要があります。政治家や行政の皆さんにも災害イマジネーションを持って欲しいと思います。これがないと、良かれと思って悪い法制度を作ったりすることになるからです。そうならないためにはどうしたらいいのかをきちんと議論していただきたいと思います。

最後に、私がこれまで見てきた国内外の防災対策や災害対応において、万国共通で問題であると感じることを指摘して話を終わります。社会的な対応システムや法制度が、どうしても問題が発覚した後に後追い的に作られることを繰り返している問題と、被災地でのインタビュー調査から得られる教訓に対しての問題です。

一部の専門家や研究者が想像力を働かせて、「こういう問題が今後発生するので、前もって対策をつくっておきましょう。制度を準備しておきましょう。」と言っても、行政や政治家がなかなか動いてくれない点は改善すべきです。事前に対策を講じておけば、災害発生時にはるかに効率よく対応できるのに、起こるかどうか確実ではないのでやらないという姿勢なのです。

もうひとつは、被災地でのインタビュー調査に関してです。災害後に被災地でインタビューなどの調査をして、教訓を収集しておくことは重要です。しかし、それらの教訓は、あくまでも生き残った方々の声であることを認識する必要があります。災害で亡くなった人たちに、もしインタビューができるとしたら、彼らは何を最も重要な教訓として答えるだろうか、この視点から考えることを忘れてはいけません。また人間は、自分の想像力を越える質問をされても答えることができません。ゆえに、抜本的な問題解決を目指す際には、想像力や経験値が高くない被災者や被災自治体を対象とした調査の結果のみから、本質的な解決策が見つかると考えてはいけません。この点も要注意です。

※今回のインタビュー記事は、「FM salus」が過去に放送した「サロン・ド・防災」の内容を、一部改定して掲載しています。

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